痛みの数だけ敗北を抱きしめて

この記事で Femme Fatale の好例として毬谷友子の名前を挙げた。ツイッター上でおてんばに飛び跳ねたかと思うと、夜の舞台では妖艶な猫に化ける感じ。連想が跳ねて、もうひとり、無数に女を演じ分けて飛び跳ねる素敵な「毬」のことを書きたくなった。

千と千尋の神隠し』の湯婆婆を怪演しているのは夏木マリ。湯婆婆が営む風呂屋は、道後温泉本館がモデルになったとも言われている。「油屋」という映画の中の旅館名は、ここで書いた堀辰雄の定宿と同じ。

堀辰雄堀越二郎をモデルにした『風立ちぬ』へつながる何かがあるのかと思いきや、別地にある同名の温泉旅館に由来した可能性が高そうだ。

「相棒」がころころ変わる紅茶好きの刑事役主演俳優と同い年。1952年生まれだからといって、夏木マリを紹介するのに、1973年の「絹の靴下」を挙げるのは、いささか古すぎはしないだろうか。

印象派」という前衛舞台を主宰する夏木マリには、「タランチュラ」のような表現力の針を極限まで振り切った奇怪な名曲もある。けれど、世間の耳目に心地良いのは、小西康陽とタッグを組んだシャンソン系の楽曲だろう。それほど聴かれていないのがもったいない名盤だ。

 14曲目の「海、セックスそして太陽」は、セルジュ・ゲンスブールのカバー。原曲にある「フランスの太陽族」的な陽気さを、小西康陽は、真夏の灼熱の中にある気怠さや憂愁のマイナー調に置き換えている。夏木マリが熟女の声音でモノローグを語り、生命力が最も輝いていたセブンティーンの自分に少女返りして歌う上ずった声音が素晴らしく、歌の輝きが原曲を越えてしまった感がある。動画をアップロードしているフランスのシャンソン愛好家が、この曲をどう感じているのかを訊いてみたい。

夏木マリはロック調の曲も楽々と歌いこなす。還暦の年に歌った「キャデラック」(仲井戸麗市・作曲)も途轍もなくクールだし、生意気な口をきく童貞の青年をからかったロック調のこの曲も格好いい。(「カウボーイ」)

カウボーイ

女の子のお尻にまたがりたいのに

じゃじゃ馬慣らしは半人前なんだね

ジョン・ウェインみたいに

一人前にさ

女の子のお尻を叩いてごらん

カウボーイ

 「湯婆婆」がいそうな道後温泉近辺の街並みを抜けたところに、高校の演劇部の打ち合わせ部屋があった。高校生だった頃、そこでチェルノブイリを題材にした短い演劇脚本を書こうとしたのを思い出した。上の記事で、堀辰雄の定宿に泊まった彼女と一緒だったはずだ。

チェルノブイリ原発事故から数年後だっただろうか。その数年の間に、秋田や新潟の中高生が夜に不審死する「事件」が続発したことに、同世代の少年として忘れがたい感慨を感じていたのだ。少年少女たちが睡眠中に扇風機をつけっぱなしにしていたせいで亡くなったと、当時の新聞は報じていた。

その生命の儚さに触れて心が動いたのは、15歳のころ難病で長期入院して、やはり次々に子供たちが死んでいくのを目の当たりにしたせいかもしれない。

 同級生の誰かから、あの少年少女たちはチェルノブイリから飛んできた放射性物質のせいで亡くなったらしいと聞かされた。まさか、と高校生だった私は笑い飛ばした。

ただ、二度と学校に戻れない運命にあるのに、「ぼくも中学生になったから」と張り切って死の三日前まで英語を自主勉強していた白血病の同室の少年のことをよく覚えていた。あのように早逝する子供たちのことが忘れられなくて、舞台装置の扇風機を媒介にして、同じ舞台上にソ連と日本の子供たちの声を交差させる芝居にしたかった。最後の場面に必ず織り込みたいと考えていたのは、チェルノブイリの少年たちによるこの台詞。   

ぼくたちは誰に手向けられた花束なんですか?

参考文献にしたのは、この本。初めての広瀬隆体験だった。

チェルノブイリの少年たち (新潮文庫)

チェルノブイリの少年たち (新潮文庫)

 

  早逝する幼い子供たちを切り花に譬える修辞は、あれから30年後に書いた自分の小説にも、わずかに反響している。すっかり忘れていた。

(…)拘束型心筋症に有効な薬物治療が存在しないのは事実だ… さらにMRIを撮っても左室の肥大や心臓の肥厚が見られない… 心臓外科医が恐れる沈黙の致死病… 見逃されたまま、あるいは打つ手のないまま… 患者の心臓はみるみる悪化して、次々に急死していく… 余命7か月の少女が幽閉されている病室を想像する… 切り花が萎れるような速度で不全化しつつある少女の心臓の可憐な拍動… 少女の幼い身体に繋がれているだろう夥しい管の数々…

その戯曲は上演機会と練習時間の確保が難しかったせいで、未完のまま終わった。

高校を卒業した後、バブル全盛期だった日本では、「私をスキーに連れてって」とか「波の数だけ抱きしめて」といったマーケティング優先のレジャー映画が流行し、広告代理店主導の「イタメシブーム」や新上陸のティラミスに、人々が湧いていた。

 ブームに飛びついたりはしなかったものの、知るべきことを何も知らなかった若い頃の自分が、恥ずかしくてたまらない。作られたブームの背景には、無知な sheeple たちを嘲笑うかのような恐ろしい歴史的事実が隠されていたのだ。

「扇風機不審死事件」の方は、ネットの大海にもほとんど情報がない。歴史を書き残してくれているのは、反原発のトップリーダーの一人であるこの方。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-45.html

 遠く離れた日本や韓国でも夏頃から同じ現象が起きた。それは「突然死」と呼ばれ、若者が一晩中扇風機をつけたまま寝て、朝起きたら死んでいたというものだ。
 それはチェルノブイリ事故の起きた1986年の夏以降に出現し、翌年からは報告されていない。死因の大半は「心不全」であった。

 続く記述も、引用せずにはいられない。

ロガノフスキー氏は被曝によって白血病やがんの患者が増えるだけでなく、脳など中枢神経もダメージを受けると考えているのだ。それは15年にわたる様々な調査・研究の成果でもある。その他にどんな影響が人体にあるのだろうか。氏は様々な病名を挙げ続けた。

「作業員に関して言えば圧倒的に多いのはアテローム動脈硬化症です。がんも多いのですが、心臓病や、脳卒中に代表される脳血管の病気も増えています。白内障も多い。目の血管は放射線のターゲットになりやすいからです」 

歴史を学べば学ぶほど、あらゆる場所に「死の商人」である軍産複合体の影が落ちているのに気づかされる。暗すぎる世界地図、黒塗りの多すぎる世界史。

 夏木マリが、男らしさに満ちたジョン・ウェインを引き合いに出して、陽気な声音で未熟なカウボーイをからかっても、私たちはそこに「堕ちたアメリカ」の残響を聞き取らなければならない。自由と民主主義の国であっても、「ミスター・アメリカ」にすら、まともな情報が与えられないのだ。広瀬隆の初期作は、ジョン・ウェインネバダ砂漠の核実験で被爆したせいで病死したことを伝えている。

ジョン・ウェインはなぜ死んだか (文春文庫)

ジョン・ウェインはなぜ死んだか (文春文庫)

 

 高校時代の記憶を辿っているうちに、自分が道後の丘にあった演劇部の打ち合わせ部屋から、帰り道を自転車で走っているような気がしてきた。坂道を走りおりていると、道後温泉本館の近くに、新しい工事看板が立っているのが目に留まるだろう。私はブレーキをかけるだろう。看板には、新しい温泉施設が建設中だと書いてあることだろう。

この夏が終わる頃に、道後温泉に新たに「飛鳥乃湯」が加わる。その命名は、飛鳥時代聖徳太子が湯治に来たという故事にちなんでいる。日本三大古湯たる歴史の長さを印象付けるには、妥当なネーミングか。

松山には、飛鳥時代にまで遡る貴重な「文化財」がもうひとつある。正確には、もうひとりいらっしゃると言い直すべきか。飛鳥時代の女帝である第37代斉明天皇に仕えた采女(うねめ)の末裔、真印先生。霊能力は先祖代々受け継がれてきたらしく、先代の霊能力の噂を人づてに耳にすることもある。

鑑定中の先生は、頭上に降りているハイヤーセルフの話を聞きながら、それを相談者に噛み砕いて説明するといった風情で、同じ空間にいると明らかに「本物」であることがありありと伝わってくる。第三者から見てわかりやすいのは、全国区の知名度がありながら、相場よりも鑑定料金をずっと廉価に抑えているところだろうか。

ここでは信じてもらえなくてもかまわないので、もしこれを読んだ誰かが、自殺の淵に立つような極限状態に追い込まれたらふっと心に思い浮かぶ程度の適度な筆圧で、心に刻んでおいてくれたら嬉しい。ちょうど半年前の自分も、同じような道を辿って、救われた経験を持っているから。

ステルス・マーケティングだと誤解されたら困るので、その店の人には詳細は書かないでほしいと言われている。性別も病名も明かさずに書くと、ある病人が終わりのない全身の痛みを少しでも緩和しようとしてこのCDを聴いていた、との口コミが広がっているそうだ。どれほど痛く苦しかったのだろうかと思う。この国がこんな敗戦国でさえなければ… と考えてしまうのは、無力な男の無益な感傷だろうか。

聞くだけで心も体も痛みが消えるソルフェジオ周波数CDブック

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 ソルフェジオ周波数をめぐる音楽業界の歴史的陰謀については、この記事に書いた。

話があちこちへ飛び跳ねて、何が言いたいのかよくわからないって? それはこの記事が「毬」で始まったのだから、当然と言えば当然だろう。「夏木マリ」という芸名は、歌手兼グラビアアイドル路線で売り出すための「夏、決まり」が由来だったらしい。

瀬戸内海のような穏やかな凪の海に、打ち寄せては返す波の音を聞きながら、この記事もいつもの「決まり文句」に似た言葉で閉じることにしたい。

痛みの数だけ敗北を抱きしめて

 

 

 

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