星々を見上げて歩いていこう

「泣ぐ子はいねが」

なまはげという名の鬼たちが、そう叫び回りながら子供たちを威嚇する年中行事が、秋田にある。同じように、子供たちが親の言うことをきく教育的効果を狙って、最近はタップひとつで鬼が電話をかけてきてくれたもするらしい。

しかし、世の中にあるのは、そんなには簡単にいかない仕事ばかりだ。きわめて困難かつ貴重な仕事をひきうけてくれているのが「べぐれてねが」というサイト。この国で流通している食品の放射能検査を買って出てくれている。主催者は仕事の傍らボランティアやカンパで検査に励む一方、東大の教授と共著で論文を執筆したりもしているらしい。

 最近の注目の記事こちらで、通常運転している原発から、福島第一原発由来でない放射線の漏出がどの程度あるのかを教えてくれる。

少し前に発表されていた地元の「真面目なジュース」のことが心配で、どきどきしながら伊方原発周辺の調査を読んだ。福島に比べれば、想定していたよりずっとクリーンだったそうだ。そうならそうで、福島に住んでいたり、帰還させられたりしている人々のことが、どうしても気にかかってしまう。

実は、この地のオレンジには、地元の人すら知らないだろう都市伝説的なトリビアがあって、週刊誌記者によって全国発表されていた。何十年も芸能人の愛情沙汰を追いかけつづけた記者ならではの、週刊誌向けの都市伝説。

そこで取り沙汰されている複数の曲の作詞者は異なるし、バックバンド時代に「師」の井上陽水に作詞してもらったものの、イメージが合わず、必死に頼み込んで2度リテイクを依頼したヒット曲誕生の経緯に、愛する女性の実家のワイン家業が入り込む余地があったようには思えない。

ただそれにつられて、作詞を基準に玉置浩二の楽曲を思い返してみると、松井五郎のほとんど予言者めいた詩才と感覚の犀利さに、聴く者が震えてしまうような隠れた名曲があることに気付くことになる。

太陽の塔が落ちてくる

誰かが逃がした鳩がゆく

どこかへ流れる 叫びと靴音

なんのために?

声が聴こえる…

名前を持たない子供たち

空飛ぶ方舟(ふね)から

のぞいた星には人がいない

 

あなたのそばに

行きたいけれど…

 

People Walking

遠くへ消えてゆく

People Walking

地図さえ開かずに

People Walking

私が残された

 

どうすればいい

 

めざめた空まで錆びついて

あなたは涙を 知りたいのか

  

 (安全地帯「遠くへ」1986年) 

(ファンによるカバーしか見つかりませんでした。ただし酷似しています)

曲の冒頭、「太陽の塔が落ちてくる」に、老朽化のせいで内部見学が延期になった岡本太郎の「太陽の塔」が登場している。あれが三島由紀夫的なものを切り落とした後の、日本の高度経済成長の象徴であることは、この記事に書いた。確かに、日本の高度経済成長はあれから崩落してしまったのだ。

つづく「誰かが逃がした鳩がゆく」は、原発事故による避難時に、連れてはいけない家畜やペットを、人々がせめて逃がしてやった行為を指しているのだろう。

つづく「空飛ぶ方舟(ふね)」はドローンを表していて、「そこからのぞいた星には人がいない」という一節は、チェコスロバキアの写真家が撮ったこの写真を予告していたのだろう。

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インタビューによると、「あなたのそばに 行きたいけれど…」という部分の「あなた」とは「神」を暗示したのだという。私たちは「神のそばへ」どうやったら近づけるのだろう?

そんな問いを真剣に考えたいと思っているのに、主流メディアでは「もり」だの「かけ」だの「蕎麦」の話ばかりが盛り上がっていて、気が散ってしまう。

もちろん、蕎麦の話も徹底的に追及すべきだ。「もり蕎麦」関連で、彼のかつての熱狂的な支持者が、現首相を「真の保守ではない」「国民が騙されている」と断言したのは素晴らしい名言だったし、最近可決されてしまった種子法改正法案に関して、彼のシンパだった右翼系ネット放送局で、やはり「現首相は真の保守ではない」との発言が飛び出したのは、喜ばしい事態だった。

しかし、今頃になって「真の保守ではない」という発言が各所から噴出しているということは、彼の究極の売国行為のことを、人々はまだ知らないのではないだろうか。

「歴史に名を残したがっている」云々(でんでん)と取り沙汰される現首相には、日本史どころか世界史クラスの「気の狂った蛮行」があって、短く言うと、それは「外国への自国設置済み「核爆弾のボタン」贈与事件」という表現になるだろう。

当然のことながら、原発を破壊すれば原爆級の被害が出る。世界の歴史上、自国にある「核爆弾のボタン」を外国へ贈与した指導者は存在しない。まさしく未曽有(みぞうゆう)の売国指導者だぜ。こいつは師にあたる「絞殺コンプラドール」以上の所業だ。

現首相が第一次政権時代に、日本の原発の警備をイスラエルの会社に任せてしまったことをwikileaksが明らかにし、日本の主流メディアでも一瞬だけ報道された。ただし一瞬だけで、後追い報道は皆無。この驚愕の異常事態は、どれくらいの国民に知らされているのだろう。

シン・ゴジラ』も『君の名は』も、10年代を代表するとても優れた邦画だと思う。涙腺の脆い自分は『君の名は』を見ると必ず泣いてしまう。しかし映画作品として孕んでいるその政治性が、3.11東日本大震災後の行政の対応のまずさや不十分さを諷刺するだけで、本当に充分なのかという思いが、自分の中では尽きない。「マグナBSP」は無理だとしても、せめて「真の保守ではない」を、何とかして流行語にできないものか。

戦後何度も繰り返された敗戦で、私たちはどれほど多くの生命を失ったことだろう。当時世界でもっとも有名な日本人だった坂本九も、日航123便墜落(撃墜)で落命した。姉妹揃って報道の最前線にいたとしても、何ひとつ生き残るために必要なことを知らされずに、若い生命を落とさねばならない。後に子供たちを遺したまま。本来「泣ぐ子」を叱るべき立場の大人だって、泣いてしまいそうになる。

人が亡くなったことを子供に説明しなければならないとき、「星になった」という表現を人々は好んで使う。

あのようにして星にならざるをえなかったこの国の人々を、忘れずにいよう。彼らの死が「真の消失ではない」と信じられるような社会を創るために、せめて自分に回ってきたわずかな役割だけでも、しっかり果たしていこう。

そんな決意を抱きながら夜道を歩いていくとき、この曲、この歌唱者の歌が、きっと自分の脳裡に響きつづけることだろう。

上を向いて歩こう

涙がこぼれないように

(…)

上を向いて歩こう

にじんだ星をかぞえて

(アルバムコンセプトの紹介)

(歌唱はこちらで聴ける)