文芸批評草稿(2.5)

では、光をもう一筋あてよう。塚本邦雄には、先に引用した二首よりさらに鋭く切り込んだ冴え冴えとした一首がある。

   咳を殺して歩む靖国神社前 あなたにはもう殺すものなし

皇帝ペンギン天皇裕仁」という正確無比な解釈を、天皇への言及を禁忌とする通俗的な忌避圧力に抗って貫き通した菱山修三も、この一首については批評精神が一瞬よろめいてしまったようである。一首中の「あなた」を「英霊」であると解釈して、「戦争は終わったので、もう殺さなくてもよい」と英霊に呼びかける菱山が見逃しているのは、「あなた」が二人称単数形の代名詞であるという揺るぎのない事実である。それが単数である以上、「あなた」という二人称は「皇帝ペンギン」や「鴇」と同じく、天皇裕仁を指すととるのがより自然な解釈だろう。この一首を含む歌集『魔王』が上梓されたのは平成6年。つまり昭和天皇の死後6年であることに注意すれば、その解釈の信憑性はさらに高まるにちがいない。
 無論言うまでもなく、「あなたにはもう殺すものなし」と書きつけた塚本は、依然として「咳を殺」すこともできる自らの相対的な長命を、死後の昭和天皇に対して自慢することをもって、自らの「不敬ぶり」を誇示しようなどとしているわけではない。一首中に、合計3者が巧みに書き込まれているのを読み取れるだろうか。「咳を殺して歩む」短歌の語り手 ≓ 塚本邦雄、もはや咳を殺せない「あなた」=天皇裕仁… もう一者は? 
「あなたにはもう殺すものなし」中の「もう」という副詞が、「あなた」が「かつて殺したものがあった」ことを示唆していることに、鑑賞者は気付かねばならない。この一首に巧まれている作意は、1.「咳」→2.「靖国神社」の順序で巧まれた伏線が、最初に1.で、鑑賞者に「あなた」=天皇裕仁がもはや「咳を殺」せない死後の存在であることを意識させ、次に2.で、「もう殺」せないのは「咳」だけではなく、「靖国神社に祀られている英霊たち」であることまでを意識させることにある。塚本がこのわずか三十一文字で成し遂げているのは、戦死者を殺したのは「あなた」=天皇裕仁であるとする、戦後最大の禁忌(天皇の戦争責任の追及)を果敢に冒した倫理的指弾なのである

 

 

 

(図書館での再確認未済です。不正確な引用を含んでいるかもしれません)。