麒麟が日本に降り立つ日を待ちながら

「キリン」と書くと、誰もがあの首の長いアフリカの偶蹄目を思い出すことだろう。アルコール好きなら瓶ビールが思い浮かぶかもしれない。

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同じく背丈は高いが、これから話し始める「棄林」とは管理放棄林のこと。田畑が荒れれば耕作放棄地、人の手が入らずに森林が荒れてしまったら管理放棄林と分類するとわかりやすいだろうか。日本の国土のいたるところに耕作放棄地が点在しているように、棄林の割合も相当高いらしい。しかし、データすらない。

浪人生時代、親元を離れて広島の予備校の寮にいた。意外にも広島の山間部の高卒生が多く、そのうちの何人かとは雑談したり漫画を回し読みしたりして仲良くなったが、実家が山あいに広大な土地を所有していた彼らが、大学卒業後に帰郷して、林業に就いている姿は想像しにくい。

その後の自分はもっぱら本ばかりを読む人生を送ってきたので、あの1年間限定で読んだ漫画は、今でも印象に残っている。中川いさみ吉田戦車などの不条理ギャグ系が面白かった。自分はその後、東京の大学を卒業して、東京で働き、地元の四国へ戻って仕事をしている。だから、漫画とは四半世紀再会していないことになる。しかし思いがけず、先日ばったり寿司屋でラジオに再会した。正確には「ラヂヲさんをお見かけした」と書くべきだろう。それ以上接近はしなかったが、この四半世紀の自分の人生を振り返るきっかけにはなった。

これはきっと話す相手を選ぶ話題だと思う。それでも書いてしまうが、この町に帰ってきてから、年に数回の割合で幻聴が聞こえるようになった。30才を過ぎると男性は脳や身体が変わってくるというし、いつか「ぼくがラジオだった頃」というエッセイ集でも自費出版できれば、と前向きに考えていたのだが、「杉丘市」でいちばん有名な坂道を不動産屋へ向かって歩いていて、ラジオの電波を受信してしまったときは、酷く落ち込んでしまった。

それは、結婚しようと考えていた彼女と同棲先のマンションを内見した帰りのことだった。司馬遼太郎の『坂の上の雲』の由来ともなっている坂道をゆっくりと登っていた。歩いていたのは左側の歩道だった。すると、車道の上空の方角から、声というべきかイメージというべきか、或る組織の20代後半くらいの男が「あれをこうやって、こうすれば、あそこにも盗聴器を付けられる。OK。」とひとりごとを言っている様子が脳裡に舞い降りてきた。彼のいう「あそこ」とは、彼女との新居になるはずだったマンションの一室。同棲は諦めた。見えないはずのものが見え、聞こえないはずのものが聞こえる私を、彼女は気が狂っていると受け取っていたようだった。彼女はある日ふいに姿を消し、それ以来一度も会っていない。

恋人にほとんど何もしてあげられないほど、どうしようもなく無力だった自分。

「 もし俺がヒーローだったなら」と歌うハスキーボイスを、少年時代によく耳にした覚えがある。それをもじって「もし俺がイチローだったなら」という条件節に代えても、自分の中ではさほど意味は変わらない。「翼の折れた天使」を気取るつもりはないが、もし自分があの名選手くらい、少年時代から自分が心に決めた道に打ち込み、たゆまず研鑽を積んでいれば、少なくとも、好きな恋人の笑顔に毎日接することのできる人生を送れたはず。日常生活のふとした時に、そんな後悔がよく去来する。

 イチローの素晴らしさは、打撃や守備だけでなく「寝かせ方」にもあると思う。(0:35くらいから) 

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イチローが愛用しているバットはMIZUNO製。彼の世界的な活躍を支えているのは、イチローにも勝るとも劣らないストイックな美津濃の職人たちの求道心である。100本のバットを最高度の技術で作っても、原木の質の問題で、プロ選手が使う水準に到達するのは1本か2本だという。

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ミズノの職人たちを始め、自分を支えてくれるすべての人々に尊敬と感謝の念を抱いて、イチローはそのすべてをあのバットのようにそっと大切に扱う。イチローの偉大さは、四球出塁時に最も輝いているとも言えるだろう。

自分はバットではなくペンを握る種族だが、この1本のペンがペンとしてあるために、労を惜しまず支えてくれた人々には尊敬と感謝の念が尽きない。このペンを決して投げ棄てたりはしないつもりだ。

イチローのバットの原木でもあるアオダモが、その数を急激に減らし、異なる原木に素材を求めなくてはならなくなっているらしい。しかし、その植生の偏りを改善すべく、野球ファンを中心に植樹活動が続けられている。

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 棄林だらけの日本の森林でも、美しい日本の自然と共生しようとする新しい動きが芽吹いている。

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岡山県真庭市では、以前ならコスト高で足枷になっていた間伐材や未利用材を、木質バイオマス発電の燃料として活用し、中国電力へ売電することによって、地域を活性化することに成功している。かつての木材輸入の自由化が日本の林業を壊滅させたが、「棄林」に知恵と手を入れて日本の林業を守る道や生かす道は、まだまだいくらでも残されているようだ。

いつか無くなるであろう「棄林」という漢字を消去すれば、変換候補は「麒麟」だけになる。あの麒麟麦酒のラベルに描かれているのは、実は想像上の架空の動物であることをご存知だろうか。

どのような姿をした動物なのかはラベルを見てほしい。中国では神聖視されている獣で、中国の為政者が仁のある政治を行うと出現するという伝説があるのだとか。

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麒麟が日本に現れたことは? 「ある」と答えておこう。麒麟麦酒の前身の会社社長はあのグラバー邸のグラバーで、龍馬の知人である岩崎弥太郎に出資を受けたこともあって、龍馬をイメージしながら、龍の頭を持ち馬の胴体を持った麒麟ロゴマークに選定したらしい。

これを読む若い人々に向けて、日本一の森林率84%の土佐藩出身で、この国を大きく変えていった男の名言をいくつか引用しておきたい。どんな窮境にあっても、絶望してはいけない。世界は変わるし、変えられる。

世の人は我を何とも言わば言え

我が成す事は我のみぞ知る

時勢に応じて自分を変革しろ

人の世に道は一つということはない。

道は百も千も万もある。

事をなさんとすれば、

智と勇と仁を蓄えねばならぬ。

 

 

 

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