エルメスでサンドイッチを

 文芸映画としてはそれほど良い出来ではなかったと思う。それでも、カポーティーの『ティファニーで朝食を』が今でもとても人気のある映画なのは、オードリー・オードリー・オードリー! ひとえに彼女の美しさによるのだろう。ただし、ティファニーを宝飾店だとも知らず、満足に言葉も知らない最下層の映画ヒロインでいるには、オードリーは顔立ちや表情に気品がありすぎる。 

原作者のカポーティーは、ピンナップ・ガールあがりのマリリン・モンローをヒロインに熱望していたそうだ。マリリンは、ヌード写真が流出しても「お腹が空いていたのよ」と軽くかわした下層階級出身。大都会NYを彷徨う「kook(大人にならない子猫)」には、マリリンの方がふさわしかったかもしれない。

本作の原作者トルーマン・カポーティオードリー・ヘップバーンではなくマリリン・モンローにホリーを演じてほしいと思っていたそうです。


しかし、モンローの演技指導を担当していた“ポール・ストラスバーグ”がオファーを受けるべきではないとアドバイスしたため、モンローがホリーを演じることはありませんでした。

ティファニーで朝食を」食べたことはないが、「エルメスでサンドイッチを」食べたことならある。ちなみにこれまで自分は、エルメス・ブランドの何かを購入したことは一度もない。

 東京に住んでいたとき、よく遊びに行っていた町は、池袋と渋谷。日常的に立ち寄るのが池袋で、仲間と騒いだりお洒落を楽しんだりしたいときは渋谷だった。頻繁に池袋へ行っていたせいで、鬼子母神の抜け道で「彼」と遭遇したというわけ。

池袋で一番多く立ち寄ったのが、西武百貨店。芸術系の ART VIVANT を冷やかしてから、リブロ書店の好きな棚めぐりをしたあと、谷川俊太郎プロデュースの現代詩愛好家たちの聖地「ぽえむ・ぱろうる」という書店内数坪書店に立ち寄るのが、お決まりのコースだった。まさか全滅してしまったとは。

しばしば通っていたので、西武百貨店の店舗構造は熟知していた。愛車を駐車場の何階に停めても、どこを通り抜ければ最短かがわかっている感じ。当時乗っていた車種はイギリスのコメディアンと同じで、色はチャコールブラック。

7階だっただろうか。駐車場横のいつもはがらんとしていて何もない空間を通り抜けようとして扉を開けると、警備員に止められそうになった。普段なら誰もいない空間に人々が集まっている。警備員は私の身なりを見て、「失礼しました」と言って、通してくれた。当時の自分はなかなかのお洒落さんで、大してお金もないのに、いかにもハイ・ファッションの匂いのする服で身を包んでいた。警備員は勘違いしたらしかった。

いわくありげな間接照明で薄暗いムーディーな空間を見回すと、少し状況が呑み込めてきた。その集まりは、どうやら外商の金持ちのお客さんを集めたエルメスの感謝会のようだったのだ。エルメスの会社の誰かが壇上に上がって、ブランドの新規展開について話していた。急造で整えられたらしき立食パーティーの卓上には、サンドイッチやフルーツジュースが置かれている。そのまま立ち去ることはできかねた。許してほしい。お腹が空いていたのだ。 

困ったことに、自分を招き入れてしまった警備員がこちらを不審そうなまなざしで見ている。またしても迷い兎。そうするしかないと感じた。ごく自然な仕草で手を伸ばしてサンドイッチを頬ばり、隣に立っている化粧の行き届いた若い美人に「何か飲みますか」と話しかけた。女性にはおしとやかに断られたが、警備員は納得したらしい。彼は俯いた。

外商を使うような桁違いのお嬢様はやはり違うなと感じたのは、彼女がこちらを向いて微笑みつつも、ちらりと私の帽子のロゴに目を走らせたとき。私の黒の帽子には堂々と白く「agnes.b」と刺繍されていたのである。あ、早いな。そう思った。心の中で脱帽せざるをえなかった。

感謝会はほぼ終わりかけだったらしく、スーツの男性の挨拶が終わると、散会になった。卓上のサンドイッチは、ほとんど手つかずで残されていた。桁違いに裕福な女性たちは、高級レストランの卓上にあるもの以外は、口にしない習性があるのではないだろうか。

コツは両手を使うこと。例えば10本の丸めたおしぼりでも、両サイドに両手のひらを立てて中央へ向かってぐっと圧縮した上で、右手の親指を左側のおしぼりの端へ伸ばせば、10本くらいは片手でつかめるはず。

その要領で、サンドイッチを両手でぎゅっと圧縮して、右の親指を伸ばして、右手で10切れくらいつかむと、いかにも金持ちがそうするように鷹揚な足取りで歩いて、その場を出た。警備員はすでにいなかったので、誰にもバレていなかったと思う。

百貨店の屋上でいただいた「圧縮サンドイッチ」のおかげで、空腹は癒された。癒されたけれど、やけに喉が渇いてしかたなかったのを憶えている。たぶん、あれは心の渇きだったのだろう。どこかで何かの思いがけない弾みで「迷い兎」にならない限り、ああいう種族の隣には立てないのだというような絶対的な「遠さ」の感覚に、若かった頃の自分は渇いてしまったのだと思う。

昨晩深夜、過労で救急病院へ行ってしまった。調子が悪いので、話がうまくつながっている伝わっているかどうか自信がないが、読んでもらえるだろうか。読むよ。え、本当? ありがとう。どういたしまして。

もはや、誰と話をしているのかもわからない。サンドイッチは売っていないが、広島にある好きなパン屋「ブーランジェリー・ドリアン」の話をしたい。


ドリアンといっても、罰金額不明のまま、シンガポールの電車へ持ち込み禁止となっているあの果物とは関係ない。「de Rian」と綴るフランス語で「どういたしまして」という意味だ。

そこで、再スタートでは、日本で作られた、有機栽培、ビオの小麦を使ってパンを作ります。

 

普通の外国産小麦の4倍の値段。うちが以前使っていた国内産小麦の2倍の値段の小麦粉です。

 

でも、ここでまた重要なのは、いい素材の食べ物を日常的に食べることです。

 

特別なものではダメなのです。

だから、値段は以前と同じでだします。パン屋の普通のパンより安いくらいです。

普通にやっていたら不可能ですが、帰国してからの一ヶ月間、工場の設備の使い方を変えて、スタッフ配置を変えて、経理にもメスを入れて、なんとか、ちゃんと商売になるところまでこぎつけました。 

広島に二店舗の規模でありながら、全国的な有名店で、通販のパンはずっと数か月待ちの品切れ。「有機栽培小麦で美味しいパンを提供したい」という理想だけでは現実が回っていきにくいことまで、職人の店主はよく見えていて、「流通関係全体図」を鳥瞰した上で、経理も含めたすべての工程に「革新」を施している。そこがパンの美味しさ以上に素晴らしいと思う。  

賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか (幻冬舎新書)
 

「流通関係全体図」の中には、当然のことながらパンの廃棄ロスも含まれる。

自社サイトには書かれていないものの、上の新書で、「de Rian」が廃棄ロスをしないパン屋であることに称賛の筆が及んでいたのは嬉しかった。この新書は、お気に入りのパン屋が掲載されていたからというのでは全然なく、とても読みどころの多い本だ。それらの興味深い情報については後述するとして、数年前に自分が会社勤務と並行しながら考えていた「ソーシャル・ビジネス」の青写真について、ここで思い出しておきたくなった。

  1. ローカルな地産地消型のネットワークをつくる
  2. ネットワーク上の各拠点に、デパッケージと調理とシェルターの機能を備える
  3. このネットワークに地域スーパーや地域農家たちのロス食品を乗せる
  4. このネットワークに各家庭からのロス食品や子供服などを乗せる 

会社勤務と並行しながら通っていた大学院では、 経済学部で相続税について修士論文を書いた。税法は無味乾燥なので、カリキュラムの許す限り、興味をそそられる異分野の授業をとった。記憶に残っているのは、「ソーシャル・ビジネス」と「自動車産業におけるイノベーション」。多忙だったので調査する暇はなかったが、授業中だけ真剣に考えて思いついたのが、上記のアイディアだった。自分のアイディアのポテンシャルはどれくらいだったのだろうか。答え合わせがドキドキだ。

日本が欧米諸国に比べて食品ロスがかなり多い問題は、賞味期限の1/3ルールだとされることが多い。この分野の

 

 

 

 

 

 

 

 

(書きかけです)。

# Fight Together With Shiori

人生史上最高の目覚めがどんな風であってほしいかを想像して、上の記事に書いた。といっても、あれは若い頃に抱いていた夢想だから、笑い飛ばしてもらってもかまわない。

Ba Ba Ba!

東京に住んでいるとき、何度か事件に遭遇したこともある。部屋の真上を複数機のヘリコプターが旋回する音で起されたときは、あまり良い目覚めではなかった。

ここで話した目白の急坂界隈、その中でも豊坂近くに住んでいたとき、目白の豪邸に住んでいた田中角栄が亡くなったのだった。

その少し前、不忍通り側からバイクで帰ろうとしていたとき、曲がったり引き返したりして、どの道をどう通っても、信号が赤ばかりで困り果てたこともあった。うじゃうじゃ立っている警官に状況の説明を求めても、待っていてほしいというばかりで、何も教えてくれない。一台の黒塗りの高級車が目前を過ぎたとき、自分は事態を理解した。後部座席に乗っているのが江沢民だと見分けられたのだ。当時、脳溢血で車椅子生活となった日中国交正常化の立役者に、見舞いに向かっていたのだろう。ところが今や、その江沢民にも死亡説が出ているらしい。時が過ぎるのは早い。

 のぞき坂は東京一の斜度を誇る急坂で、雪の日には必ず通行止めになる。下のブログをあらためて見て、その「進路消失」の不安感を体感してほしい。

東京一の急傾斜を誇るだけあって、初めて見た時は「魔坂…」と感じてしまった。そして、その「魔坂」の麓でも、まさかと思うような事件に遭遇してしまった。

連続レイプ犯がマンションに出没したのだ。一目でワンルームマンションだとわかる造りと、外装のピンクベージュっぽいタイルの色が、連続レイプ犯の特殊な嗜好に訴えたらしい。マンションのオートロック内に忍び込んで、エレベーターの扉の透明な部分から外を伺っていたのだという。同じマンションの女の子の姿を視認すると、敏速にしゃがんで隠れたらしい。危険を感じた彼女は、階段を使って上階へ昇り、事なきを得た。彼女から、懇意にしている私に相談があり、私が警察へ通報した。

性犯罪DataBase:目白通り沿い連続強姦事件 強姦19件自供の韓国人逮捕

そののち逮捕され、19件の犯行を自白。無期懲役になったらしい。 

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目白通り連続レイプ魔は、ニュース番組をかなり賑わせていながらしばらく捕まらず、近隣の多くの女性を怖がらせたが、最終的には無期懲役となった。その意味では、犯人も犯行も明確で直前まで逮捕される予定だったのに、政権からの指示、もしくは警視庁トップの忖度によって、常習性を疑われる犯人が、野放しのまま放置される方が恐ろしいかもしれない。

海外の一流ジャーナリストは、取材先で出された珈琲に口もつけないのが職業倫理だと聞く。日本では時の首相に夜な夜な接待を受ける主流メディア記者が、テレビ画面のコメンテーター席に常駐しているのは、いかにも奇異だ。さすがは、報道の自由度世界72位の国。

中でも、いくら自らの政権中枢に近いとはいえ、逮捕寸前だった小物のレイプ犯記者をどうしてああまで露骨に庇護しようとするのか、疑問を感じていた。速やかに処分して忘れさせてしまえば、多くの女性票の回復を見込めたかもしれないのに。

しかし、発売直後の伊藤詩織『Black Box』を読んで、その謎が氷解した。首相官邸は自らの礼賛本『総理』を、遅滞なく発売したかったのにちがいない。

上記の記事にあるように、山口敬之は逮捕予定の当日になって、警視庁「トップ」からの圧力で逮捕がもみ消された。その日付けは2015年6月8日。

日付け関連では、上の記事で中村文則が鋭い分析を披露している。

〈そもそも、首相の写真が大きく表紙に使われており、写真の使用許可が必要なので、少なくとも首相周辺は確実にこの出版を知っている(しかも選挙直前)。首相を礼賛する本が選挙前に出て、もしその著者が強姦で起訴されたとなれば、目前の選挙に影響が出る。〉
〈でも、山口氏の「総理」という本が16年6月9日に刊行されているのは事実で、これは奇妙なのだ。なぜなら、このとき彼はまだ書類送検中だから。
 しかもその(『総理』発売日の)13日後は、参議院選挙の公示日だった。だからこの「総理」という本は、選挙を意識した出版で、首相と山口氏の関係を考えれば、応援も兼ねていたはず。そんなデリケートな本を、なぜ山口氏は、書類送検中で、自分が起訴されるかもしれない状態で刊行することができたのか。〉(毎日新聞7月1日付愛知版)

 そして、それは、山口氏がなんらかのルートを使って、起訴がないことを事前に把握していたからではないか、と中村氏は分析する。

日付けに関して、自分もひとこと付け加えたい。

参院選挙直前に山口敬之が礼賛本の『総理』を出版したのは、2016年6月9日。自作自演の9.11同時多発テロの日付が、アメリカでの救急呼出し番号と同じであるように、1%グローバリストたちは「数字の偶発的暗合」を好む傾向がある。出版日が、彼が首相官邸の威光を笠に着てのことだったのだろうか、まんまと逮捕を逃れたあの「逮捕予定日」のほぼちょうど一年後であることに、相応の注意を払っておきたい。こういうのを「嘲笑うかのように」と形容すべきなのではないだろうか。中村文則の分析にもあるように、レイプ犯は、おそらくは政権の力を通じて、検察審議会で不起訴相当になることまで知っていたのだ。

 よく見分けてほしいのは、この事件で著者が闘っている相手が、5つもあることだ。

  1. 自分をレイプした政府系御用ジャーナリスト。
  2. レイプ被害者に冷酷すぎる警察や病院やジャーナリズムなど。
  3. 裏から手を回してレイプ犯を無罪にしようとする権力側の卑劣さ
  4. レイプによる自身のPTSD心的外傷後ストレス障害)の諸症状
  5. 社会全体に浸透しているファロゴサントリスム(男根論理中心主義)

 1.~4.までの手に汗握る攻防については、今後これを読む多くの人々が言及するにちがいないので、そちらを参照してほしい。ホテルへ連れ込まれたときの被害者の症状からすると、デートレイプ・ドラッグが使用された可能性がきわめて高い。朦朧とする意識の中でも被害者は激しくレイプに抵抗したらしく、整形外科の医師は「凄い衝撃を受けて、膝がズレている」ので、痛みが引かなければ手術の必要性もあると事件後に診断したそうだ。そのような必死の抵抗を知りながら、被害者に「パンツぐらいお土産にさせてよ」とのたまったレイプ犯、「売名行為」だとバッシングを浴びせたセカンド・レイパーたちの、何という陋劣さよ。

 5.のファロゴサントリスムは一般の人々には、ややわかりにくいかもしれない。凄惨なレイプの横行するインドの事例が参考になる。

しかし、パンデイ氏は「彼らは決して特殊な人というわけではなかった。ただ生い立ちや思考の方法が、彼らをそうさせただけ」と指摘する。インタビューした100人超の犯人のうち、高校を卒業したのは数えられるほどで、ほとんどが十分な教育を受けずにドロップアウトした人々だった。

 

また、インドでは女性の地位が低すぎる問題も指摘している。多くの女性が夫のファーストネームを呼ぶことさえ許されないという。さらに、性教育が学校で行われず、家庭でも教えないということも大きな問題だとい

う。

インタビューをした犯人のほとんどが、言い訳をするか、自身の行動を正当化し、レイプがあったこと自体を否定した。カンバセーションでは、物乞いの5歳の女の子をレイプした罪で服役中の49歳の男は「彼女は処女ではないので誰とも結婚できない。出所したら彼女と結婚するつもりだ」と語ったという衝撃的な体験も書かれている。

  問題はジェンダー(社会的文化的性差)が男性の欲望の形に沿うように形成されており、それを男性女性ともに無批判に内面化して、男性の欲望の犠牲者を生みやすく、被害者の女性が声を上げにくい社会を可能にしていることなのだろう。

 被害女性からすると、それは暴力や薬物注入や仕事簒奪や世間体中傷などを通じた「恐怖による支配」でしかない。その恐怖と向き合おうとした被害者が、性欲そのもののレイプという事象の背景に、男性の性欲に関わり深く、ファロゴサントリックな「支配の欲望」が社会に浸透していることを識別する瞬間が、本書の白眉の一つでもある。

そういった四角四面な現代思想に絡めた感想より何より、自分は『Black Box』を読んで深い感動を覚えたことを告白したい。その感動は、ジャーナリスト伊藤詩織の「折れないしなやかさ」と「宙返りによる体の入れ替え力」に由来している。

政権中枢に近いことで怖気づいていた主流メディアのうち、週刊新潮がようやく記事を世に問い始めた頃、彼女がしていたことはこの二つだ。

 [引用者註:「週刊新潮」と] 打ち合わせを約束したものの、二〇一七年三月になって、私は南米コロンビアまで取材に出かけることになった。コロンビア政府との和平協定に向けた協議が進んでいた左翼ゲリラグループ(民族解放軍)と接触し、その現状や女性弊を取材するのが目的だった。

 会見後、外に出ることができず、Kの家に居候させてもらっていた時、Kの婚約者が家でキックボクシングのトレーニングをやってくれるようになった。(…)

 最初は怖さで目をつむってしまったものの、鬼軍曹のような彼に怒鳴られながら、グローブをつけて、パンチや受け身の練習をした。(…)

 格闘好きの彼から、UFC(アメリカの総合格闘技)の試合を見せられた。その中には、アメリカの格闘家で、初代UFC世界女子バンタム級王者のロンダ・ラウジーが、一蹴りで相手をKOした映像もあった。(…)

 それから私は、ロンダに少しでも近づきたいという気持ちでトレーニングに励んでいる。

 このような「折れないしなやかさ」で社会正義を貫こうとしたとき、幸運の女神が思いがけない微笑みを投げてくれることがある。 

殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)

殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)

 

伊藤詩織の場合は、 事件物ドキュメンタリーの戦後最高峰を踏破した一流ジャーナリスト清水潔の知遇を得られ、動揺したレイプ犯が、ズブズブの癒着相手への相談メールを、あろうことか『週刊新潮』に誤送してしまうという華麗なるオウンゴールまでが、巻き起こったのだった。

黒塗りの〇〇は被害女性の苗字が記されていたというが、問題はメールの宛名の「北村さま」だ。「週刊新潮」はこの「北村さま」が北村滋内閣情報官のことだというのである。北村氏は総理直属の諜報機関内閣情報調査室(内調)のトップで、“官邸のアイヒマン”との異名を持つ安倍首相の片腕的存在。山口氏は「(北村というのは)民間の人物でご指摘の人物ではない」と否定していたが、北村内閣情報官は「週刊新潮」の直撃に「お答えすることはない」といっただけで、否定しておらず、状況から見て、北村内閣情報官以外にはありえないだろう。
 しかも、笑ってしまうのは、「週刊新潮」編集部がこのメールを入手した経緯だ。記事によると、同誌編集部から取材依頼のメールを受け取った山口氏が、これを北村氏に転送しようとして、誤って「週刊新潮」に送信してしまったらしいのだ。 

 キック・ボクシングでの鍛錬を彼女が日課にしているのを読んで、カポエイラのことを思い出した。 

それは弱冠20代にして世界を飛び回って活躍する彼女が、決して「強さ」だけの人ではないとの確信からだった。その反対の「弱さ」? それも違う。

事件直後、衝撃や混乱から回復し、被害者はようやく警察に行くことができた。次は家族に被害を話す番だ。

 病院もホットラインも当てにならなかった。私はかなり遠回りをしてしまった。警察に行くのに、五日も要してしまったのだ。(…)

 私はわりとなんでもオープンに話せるタイプの人間だと思う。それでもこの行動を起こすまで時間を要した。もし、妹が病院やホットラインで私と同じ体験をしたら、おそらく助けを求めることをやめてしまうだろう。

 ようやく決心した時、彼女は私の話を黙って聞いてくれた。そして、「もし何かあったらお姉ちゃんがいるからね。話してくれるだけで、あとは何も心配しなくていいから」と伝えると、静かに頷いた。 

 この感動的な「宙返りによる体の入れ替え力」がわかるだろうか。PTSDを発症するほどの被害を受けてわずか四日後、妹に自分の被害体験を話すとき、もうすでに相手と身体が入れ替わって、もし相手が被害者だったら自分が助けてあげるという話をしている。

同じように身体を入れ替えたメッセージは、読者にも届けられている。

 私が会見をしたのは、今後彼女や私の大事な人たちを、私tyと同じような目に遭わせたくないという気持ちに尽きる。

 いつか、そのことをわかってもらえる日がくることを願っている。

 幼児がミニプールの水を撒き散らすように、自分はこんなつらい思いをしたと「心の傷」を社会に訴えようとしたのではない。伊藤詩織はすでに宙を舞って身体を入れ替えている。彼女が抱いているのは、「未来の被害者」を少しでも救いたいという痛切な思いと社会変革の意志なのである。

 この本を読んで、あなたにも想像してほしい。いつ、どこで、私に起こったことが、あなたに、あるいはあなたの大切な人に降りかかってくるか、誰にも予測できないのだ。

報道カメラや録音機を向けるとき、ジャーナリストはその手前のこちら側に立って、あちら側の取材相手から声を引き出そうとするのが通例だろう。しかし、こちら側にいながら、宙返りしてあちら側の取材相手に寄り添うことができ、相手の気持ちや心の動きを理解できることこそが、ジャーナリストとしての不可欠の資質だと言えるだろう。

 デートレイプドラッグを混入されて失神させられたら、自分の身を守ることはできない。 それは誰も同じだ。自分が歩んできた坂道の途中で、「魔坂」の思いがけない謀略によって突き落とされることは、残念ながら、誰にだってありうると言わなければならない。

突き飛ばされて転がり落ちた坂道は、しかし、自分がこれまで自分の力で登ってきた坂道に他ならない。その転落によって自らを鍛え、周囲を動かし、必ずや再び登りつめていくだろうその坂道は、二度目は一度目より遙かな高みに達しているにちがいない。

伊藤詩織の『Black Box』は、これから自分のキャリアを創っていこうとする若い女性に、ぜひとも読んでほしい一冊だ。自分も読後に # Fight Together With Shiori というツイッター上で広がっているタグを、心にピン留めすることに決めた。

報道の世界に飛び込んだ若い世間知らずの女の子が、レイプ被害者になって有名になっただけ。

右派系のネットユーザーたちによる、そんな口さがない風評下方操作を見かけることもある。そんなのは完全に嘘だ。本書を精読すればわかるが、事件はおそらく彼女のキャリアにとって小さな通過点にしかならないだろう。

社会正義を希求する情熱の温度、国境をものともしない取材力と語学力、弱者への抑圧や富の偏在を生んでいる社会制度への冷徹なまなざし、弱者に寄り添える立場可換的な情動の豊かさ。……どれをとっても、近い将来、彼女は世界の動きを vivid に私たちに伝えられる「世界」的な逸材ともなりうると、読者は確信するのではないだろうか。

そのような約束された広く明るい未来を視野に入れながら、再びいま、自分の心にリボンのようについている「# Fight Together With Shiori」を、声に出して読み上げたところだ。 

  

 

 

 

Brain には洗濯より豆電球を

専門知識を縷説しようとした路彦の眼前を、旧世紀のプロペラと車輪の付いた単葉機が掠めて飛び去ったような気がしたのは、人工心臓を発明した冒険家のことを思わず連想したせいだろう。かつて「翼よ」と呼びかけたリンドバーグの発明品である人工心臓は、その灯が絶えることなく発展的に継承されて、日本でも今や埋め込み型のそれが、移植までの過渡的装置(ブリッジ・デバイス)として、厚労省に認可されている。

1927年に単葉プロペラ機でニューヨーク・パリ間を飛び、大西洋単独無着陸飛行に初めて成功したリンドバーグに言及したので、飛行機のことを調べたくなった。 

ライト兄弟: イノベーション・マインドの力

ライト兄弟: イノベーション・マインドの力

 

飛行機を発明したライト兄弟は元々は自転車屋だった。そこから、わずか12 馬力のエンジンで有人動力飛行を成功させるまでには、膨大な革新と苦闘を重ねなければならなかったにちがいない。兄弟の素顔をあまり知らなかったので、画像検索をかけた。アップで見ると、意外に日本人的な顔立ちのようだ。

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血はつながっていないが、日本にもコメディアン以外で「ライト兄弟」と呼びたくなる二人組がいる。

日本の「ライト兄弟」の兄貴分の方は、日本初の女優だった川上貞奴と関係があった。

ドビュッシーピカソロダンを夢中にさせたというのだから、川上貞奴が舞台に立てば、当時の風習なら、現金のおひねりが飛んできたりもしたことだろう。

例えば、旧千円札の伊藤博文。いや、お札だけでなく、当時熱狂的なファンだった伊藤博文本人が舞台を飛んで見に来たらしい。やがて、現一万円札の福沢諭吉も飛んできたそうだ。厳密に言うと、飛んできたのは、福沢諭吉の怒りだったという。

話を整理しよう。

日本のすべてのライトの源となっている電力網の基礎を作ったのは、兄貴分の福沢桃介と後輩の「電力の鬼」こと松永安左エ門。「ライト兄弟」はまたの名を「桃鬼兄弟」とも言えそうだ。

福沢桃介はあの福沢諭吉の次女である房の婿養子だった。ところが、桃介には投機の才能があり、1000円を100万円(現在の貨幣価値でいうと20万円を2億円)にする大博奕を当てて、しかも日本初の女優の川上貞奴との仲が世間に知られたことで、福沢諭吉が烈火のごとく怒った。遠戚の人間が経営するメインバンクに融資を停止させ、桃介の会社を倒産させたのである。

その蹉跌が、桃介を再び投機に向かわせ、膨らみつづけた膨大な資金を元に合併や買収を繰り返すよう導き、弟分の松永とともに、現在の九州電力の元となる会社を創り上げてしまうのだから、歴史のめぐりあわせは面白い。

九州電力の次に、桃介は木曽川水力発電所の開発へと向かう。そこで島崎藤村の実兄の反対運動に苦しんだりもするが、折からの電力需要の急伸で、電力事業は拡大し、関西電力の元となる会社にまで成長する。そしてとうとう九州電力の前身と関西電力の前身の合併へと至って、「ライト兄弟」は、日本の電力網のかなりの部分を牛耳ることになるのである。

 少し話を端折って、時代は第二次世界大戦後となる。日本の「ライト兄弟」あらため「桃鬼兄弟」を退治しに、外国人たちが上陸してきた。青い目をしたGHQだ。

 ここが大事なところだ。

歴史をひもとくと、他ならないGHQが日本に発送電分離を働きかけてた過去があるらしいのだが、詳細は調べていない。 

数日前に上記のように書いてしまった。 wikipedia 以外の出版物にもそのように書いてあったので、とりあえず一行だけ書いて後で調べようと思っていた。どうも政策のベクトルに占領軍らしさがなかったからだ。調べて良かった。間違いだったようだ。 

さらば国策産業―「電力改革」450日の迷走と失われた60年

さらば国策産業―「電力改革」450日の迷走と失われた60年

 

1948年2月22日(…)GHQの意向を受け、日本発送電と9つの配電会社を過度経済力集中排除法(…)の指定企業とし、解散を命じた。そもそも連合国の占領政策には「日本の戦争経済力を壊さなければならない」という基本方針があり、国有国営一元化された電力は財閥に匹敵するほど「壊すべきもの」とみなされていた。 

(強調は引用者による)

 日本の「戦争経済力」破壊が第一義であったことの証拠に、戦前に事実上国有化されていた日本発送電と9つの配電会社(つまり発電と送電は国内1つ、配電は9つ)を、GHQが強硬に主導して、発・送・配・電を垂直統合した地域独占の9つの電力会社に分割して、電力の生産供給体制を非効率化した。つまり、沖縄電力を加えた現在の日本の10電力会社体制は、GHQによって作られたというわけだ。それだけではない。吉田茂内閣が国民に反対されてその占領政策の施行に失敗すると、GHQは伝家の宝刀「ポツダム政令」を公布して、 日本の「戦争経済力」破壊を実現したのだった。

GHQによる桃鬼退治は成功した。というより、どれほど傑出した実業家であっても、敗戦国に属する一人や二人の個人に「敗戦」という厳粛な事実を覆すことはできない。福沢桃介は国家総動員法の公布直前に脳溢血で急死し、「電力の鬼」松永安左エ門は、GHQの主導にほぼ沿う形の改革案の実現に関与することしかできなかった。

松永が官僚ら大多数の反対を押し切る形で、占領政策を実現させたことをもって、その野蛮な膂力を称える『さらば国策産業』の論旨には、若干の違和感を感じずにはいられない。現在のジャーナリスティックな批評眼で見れば、松永の対極にあった「大山案」「三鬼案」の方が、日本の理想的な電力生産供給体制に近いからだ。あまつさえ、GHQ主導による垂直統合型の地域密着9会社分割によって、つまりは、システムの非効率化によって、電気料金は高騰し、分割会社は30%近い値上げを2度実施しなければならなくなった。言葉の響きと戯れながら続ければ、「電力の鬼」は「三鬼」には勝ったが、それは仲間割れの諍いにおける孤独な勝利でしかなかったのである。

むしろ、松永安左エ門を再評価するなら、GHQ主導の電力システム改悪での局地的勝利よりも、垂直統合型の地域密着9会社分割を、彼が暫定的な通過ステップとしか考えていなかっただろうことの方を、自分は賞賛したい。

国策嫌い官僚嫌いの松永は、過去に九州電力の前身と関西電力の前身を統合させるという剛腕を発揮した実績がある。GHQの支配力に乗って電力会社を民営化しておけば、やがて在野の勇者たちが電力会社同士の合従連衡を生み出せると考えた可能性がある。

事実、松永安左エ門の構想については、こんな記録があるのである。

松永は(…)9社体制の次に来る再々編の必要性を見通し、「東京、東北及び北陸、中部、関西の合併論を唱えていた」のかもしれない。

(「」内の出典は以下) 

電力百年史 (1980年)

電力百年史 (1980年)

 

 発・送・配・電を垂直統合した地域独占の9つの電力会社という旧弊は、やはり占領政策が生んだ徒花だった。またしても『永続敗戦論』の壁に、私たちは行くべき進路を遮られてしまったというわけだ。まずは、私たちの社会を構成している悪弊が、歴史的に言ってどの遠距離地点からの、空間的に言ってどの遠距離地点からのリモート・コントロールなのかを、足元にある自分や周囲の人々の生活や人生を守るために、見極めていかなければならないだろう。

(同じ内容に言及しているTrutherを検索で発見した)

 リモート・コントロールと言えば、2014年に失踪したマレーシア航空370便行方はどうなったのだろうか。アメリカの引退した老練のジャーナリストは、この報道にわずかな慰めを見出しているそうだ。

ボーイング777と、大半が中国人の乗客と乗組員239人の運命にまつわる謎が深まるにつれ、極秘の軍事技術が鍵を握っている可能性があることが明らかになった。

しかし、他の国々が極秘データを共有することを嫌がることから、捜査は行き詰まり、捜査区域が拡大するにつれ沈黙も深まったように見える。

公に議論したがる国がほとんど無いような分野や技術に注意が向かっていると述べて、“事件はスパイ小説の様になった”とある東南アジアの国の特使は語っている。 

その「公に議論したがる国がほとんど無いような分野や技術」について、分野はディエゴガルシア島、技術は機外からの機体操縦、つまりはリモート・コントロールではないかという推測が取りざたされている。 

 

国士として名高いマレーシアのマハティール元首相は、CIAが極秘情報を握っていることと、ボーイング機にリモコンが搭載されていることを示唆している。

“Someone is hiding something. It is not fair that MAS and Malaysia should take the blame,” he wrote.

Dr Mahathir suggested the United States' Central Intelligence Agency had knowledge of the disappearance of the plane with 239 people on board but was not sharing it with Malaysia.

He also claimed that Boeing, the plane’s maker, and “certain” government agencies, have the ability to remotely take over control of commercial airliners such as the missing Boeing 777.  

そして、スパイ小説そのもののような後追い情報についても、われらがフナッセーが言及している。

ハイジャックされた370便は、目的地、北京とは逆のインド
洋に向かわされた。そこには米軍の秘密基地が存在する絶海の孤
島、ディエゴ・ガルシアがある。そこに強制着陸させられたこ
も間違いない。超低空で同基地に向かう370便が多くの人々に
目撃されており、もはや隠しようがない。
 決定的証拠は乗り合わせた乗客が携帯電話で送り続けたメール
だ。乗客の名はフィリップ・ウッド氏。IBMのエンジニアだ。
「ハイジャックされたとき、なんとか自分の携帯電話をお尻に隠
した」「目隠しされて、よくわからない軍人によって人質にされ
ている」そして、ハイジャック機は着陸した。
 「私はほかの乗客から隔離されている。私はいま独房にいる」
「何か麻薬のような注射を打たれているせいか、はっきり考える
ことができない」。このメールには、真っ黒な画面が添付されて
いた。そして、発信記録から緯度と経度も判明した。それは、な
んとディエゴ・ガルシア基地の位置そのものだった。 

明日はあなたに埋められる? 死のマイクロチップ

明日はあなたに埋められる? 死のマイクロチップ

 

 実は、これらの情報については、ジム・ストーンというアメリカのフリー・ジャーナリストがかなりのところまで深追いしている。

自分は上記ブロガーと同じ意見で、上記のディエゴ・ガルシア島からの人質による写真送付は、ディスインフォメーションの可能性が高そうに感じられる。私たちはすでに「アポロの月面着陸」という格好の例題を学習済みだ。

disinformation 情報攪乱(偽情報)という諜報戦上の戦略行為をご存知だろうか。今回の例で説明すれば、キューブリック・インタビューが偽の捏造であることを発覚させることによって、その反動で、それを信じて騒いだ人々を「騙された莫迦」という種族に貶め、同時に「捏造インタビューで語られた内容までもが捏造である」との認識を流布することを企図する情報戦略のことである。

とりわけアポロ11号については、すでにdisinfomationの「前科」があって、それはフランスのテレビ局が制作した「Operation Luna」という番組。ネオコンラムズフェルドまで登場する迫真の「虚偽着陸の告発番組」に仕上がっていたが、エイプリルフールに発表されていたことと、番組内に映画中の虚構人物の名前が鏤められていたことが、程よい時期に発覚。その反動で、番組を真に受けた人々の顔に泥を塗り、アポロ計画陰謀論自体が捏造、つまりは「アポロは本当に月へ行った」という無根拠な空気を醸成することに成功した。

情報が錯綜していて真相は誰も把握できていないように見えるが、以下の二つの可能性は視野に入れておく必要がありそうだ。特許収奪と墜落機体への使いまわし。

まだ世の中全体では「911の自作自演テロは、実際はCGで映像が作られていて航空機は飛んでいなかった」ということを知っている人は少ないようですが、今回の事件もまた同じ手法で、どうやら実際にはマレーシア航空機は空中で撃墜されたどころか、そもそも空を飛んでいなかったという疑惑が浮上しています。

(…)

「では、この事故現場の航空機は一体何なのか?」という疑問については、今のところ疑惑に上がっているのが、これは今年3月に謎の失踪を遂げたマレーシア航空の「MH370便」ではないかという噂です。

一部加工されている部分もあるようですが、どうやら今回撃墜されたという航空機の様々な箇所を見比べると、これは「MH17」ではなくて「MH370」の可能性が極めて高いようです。

これが事実とすると、あの3月に謎の失踪をした「MH370」もすべて同じグループが関与した1つ大きな事件の流れであり、ますます“陰謀論”であることが現実味をおびてきます。

見識の高いブロガーが「911の自作自演テロは、実際はCGで映像が作られていて航空機は飛んでいなかった」 などと言うと、驚いて腰を抜かしてしまう人々が多いのではないだろうか。ぜひとも「no plane theory」で検索をかけて、動画サイトを覗いてもらいたい。

世界から真実を奪い、私たちをリモート・コントロールしようとしている1%グローバリストたちに対抗するには、情報リテラシーを高めて、洗脳耐性を身につける必要がある。

ライト兄弟が初めて空を飛翔したという史実より、現代を生きる私たちにとって大事なのは、Brain を洗われないよう洗脳耐性をつけながら、Brain の中に豆電球のライトを灯すこと、つまりは自分で自分を「啓蒙する(enlighten)力」にちがいない。

 

 

Jim Stone を一躍世界的に有名にした「デビュー」動画。

無私してこそ見える新生

無。

 

とうとう何も書くことが無くなってしまった。外は本降りの雨だし、雨の中を濡れて会社へ来て、ぶるっと身震いしたあと、I'm nothing. と呟いた。Reality bites. 現実は厳しい。そんな名前の映画で、イーサン・ホークが歌っていた曲を思い出したのだった。

ギターの演奏と歌唱はあまり褒められたものではないような気がする。実は、自分は物真似が結構得意。ギター弾きの友人に簡単なコードを奏でてもらって、この曲も真似て歌ったことがある。人工的にハスキーボイスを作り出すのに若い頃から凝っていて、一緒に飲んだアメリカ人に Rod Stewart の真似を披露したら、歌声は凄く似ていると喝采を送ってくれた。ただし、彼はもっと英語が上手だと付け加えて。

それはそうだろう。

しかし、問題をあげつらうなら、同じ映画のクライマックスのイーサン・ホークの方が問題が大きそうだ。U2の名曲「All I want is you」を背景にもらっておきながら、2:06から恋している相手に電話をかけて、台詞が nothing なのは酷いんじゃないだろうか。 悪戯電話がすぎるぜ。けれど、この動画の最後の最後で、イーサン・ホークはちゃんと帳尻を合わせてきた。動画が終わったあと、二人は旅立つようだ。

その彼が約20年たって、はるかに音楽性の高い演奏を繰り広げているのが、「Born to be blue」というチェット・ベイカーの伝記映画。

チェットの楽曲の中で一番有名な曲も、トランペットも含めて、完全コピーしている。

オリジナルには及ばないものの、若者トレンディードラマ風の映画でがなり散らしていた頃とは別人のように繊細だ。こんな風に芸術のきめ細やかさを表現できるようになるのなら、年を取るのも悪くないような気がする。

 ジャズ好きにチェットが大好きだと話せば、たいてい肩を聳やかすような冷めた反応をとられる。映画の予告編にあるような「女子供相手のチャラチャラしたトランペット吹き」が好きなのかい?と相手が心の中で冷笑しているのが、聞こえるような気がするほどだ。

けれど、実際のチェットは、甘ったるい人間ではないどころか、どうしようもない麻薬中毒者の屑だった。予告編で「音楽ときみだけを愛した」と彼の人生をまとめている一文が、歯の浮くようなお世辞に聞こえる。チェットが愛したのは麻薬だけ。麻薬が何を措いても最優先で、演奏や練習は二の次、ヤク切れで精神状態がおかしくなると、従順な側近のようにそばにいる事実婚の女性を殴りつけた。

歌声の甘さに眩惑されずに、チェット・ベイカーの実像を描き切った伝記の決定版が下記の書物。そのあとがきで、翻訳が進めば進むほどチェットのことが嫌いになった、と訳者は語っている。自分の中では、『終わりなき闇』は「終わりなき病み」でしかなく、麻薬中毒は、本人にとっては二度と這い上がれない蟻地獄のようなもの。周囲の人間にとっては、まさに端的な地獄だ。中毒になる体質であるなら、せめて(非合法ではない)似たような響きの何かの中毒になるべきだろう。

終わりなき闇 チェット・ベイカーのすべて

終わりなき闇 チェット・ベイカーのすべて

 

チェットの甘い部分だけを器用にスプーンで掬い上げたような『ブルーに生まれついて』には、自分の生涯ベスト10にもたぶん入っているだろう、強烈に眩しい先行する映画がある。この映画を10回以上見ている自分には、予告編を見ただけで、『ブルーに生まれついて』が影響を受けているのがわかる。海辺の光景… フォードのコンバーチブル…  「問題児」… 

莫迦みたいに高価になっているVHSを変換してHD上に持っている人間は、さほど多くないだろうから、好きなシーンだけ、字幕を引用しておきたい。

冒頭に大好きなシーンがある。4:23くらいから。ロード・ムービーめいた車窓の景色、とはいっても車がコンバーチブルなので、寝そべるように座席に座れば、南国サンタモニカのとても高い木々が流れていくのが見える。ギターのリフがカットインする辺りからのセリフはこうだ。 

チェットは逸話の王だ
初めて会ったのは遠い昔 NYでのことだ
冬の大雪の日のことだった
僕はティファニーの前の交差点を渡っていた
彼はシボレーのコンバーチブル
赤信号で止まった
雪が彼に降り積もっていた
髪もびっしょり
ズート・シムズを聴いていて
雪に気づかなかった
それがジャズさ

 その直後に続く女性による「He was bad. He was trouble. And he was beautiful.」という台詞を、字幕は「問題児」の一語を含めて訳していた。どちらも背景はシボレーのコンバーチブルから見える夜の樹々だ。

ドキュメンタリー映画のラストシーン。ドラッグを抑制するよう助言する映画監督に対して、チェットはこう答える。(1:52:36から)

ブルース、君は俺の全てが知りたいんだろう?
それなら君はただ痛みを知りさえすればいい
(…)
先々この映画を振り返って いい時代だったと?
ほかに何が?
ほかに何が…
(…)
すばらしかった あれらの全てが
あれこそ夢だ まさに夢だ
あんなことは起こらない
めったには…

 そこへ無音で英語字幕が入る。

1988年5月31日の金曜日午前3時
チェットは58歳で死亡
新聞は転落死だと報じた
警察はトランペットを持った
30歳の男の死体を発見したと報告した
その夜パリ中のジャズクラブが喪に服した

 上記のインタビューでは、ドラッグ中毒による抑鬱症状に近い状態に陥っている。チェットを崇拝して最後まで寄り添っていた女性が、暴力のせいでチェットから去り、おそらくはドラッグ絡みのトラブルで、チェットはいかがわしい裏通りのモーテルの窓から転落して死んだ。無になった。

 ジェームズ・ディーンばりの美貌とともに、甘い歌声と切ないトランペットで瞬く間に登り詰めた夢の絶頂から、チェットは確かに転落した。けれど、その転落は堕天使にしかできない真似だったと書きつけるのを許してほしい。あれらの「過剰な痛み」と天秤で釣り合いをとるために、チェットが人々の心に忘れがたい稀有の名曲を刻みつけなければならなかったという事実は、きっと世界の人々の心に満ちるべき豊かさにとっては、幸運なことだったのだろう。

一方、チェットを頻繁に聴いている時期の自分は、たいてい幸福ではなかった。31歳で真剣に小説を書き始め、次の小説で主人公を有名モデルのブログのゴ-ストライターにするつもりだったので、実験でブログを始めたら、とんでもない悲惨な目に遭って、その後の10年ほどを棒に振ってしまう形となった。 アラフォーになって起業したら、今度も不当な嫌がらせを受けて、これまた信じられないような悲惨な羽目に陥ってしまった。

途轍もなくブルーだった。当時の自分の精神風景には、ボサノバという新ジャンルを生んだチェット独特の切ない歌声が、いつも流れっ放しだったような気がする。

それでも、チェット・ベイカーブリストルのトリップ・ホップに addict して、ダウナー・トリップに嵌まるのが癖だった自分が、ここ数年すこしは精神衛生の維持のしかたがましになってきたのは、「無心」を覚えたからだと思う。おかげで、少々のことで動じることはなくなったようだ。

「無心」とは「瞑想(マインドフルネス)」によって到達する境地。仏教的な究極の悟りではなく、一日に数分だけ心を空っぽにするだけで、自分の感情の動きが自分で手に取るようにわかるようになる。精神衛生や仕事の能率改善にとても効果的なのだ。今やマインドフルネスはシリコンバレーで大流行していて、逆輸入されて日本人の注目を集めているようだ。ただし、マインドフルネスの起源はもともと仏教にある。そのことはこの記事に書いた。

ジョブズには、自分が共同創業したアップルという会社を、その頑固さと自己中心性ゆえに追い出されてしまった伝説がある。 そして業績不振に陥ったアップルに請われて復職し、斬新な製品を次々に打ち出す革新性と創造性を武器に、アップルを嘘のように蘇らせた辣腕伝説もある。そのような目まぐるしい混乱に満ちた双極に拠れる心を、しかし、ジョブズは上記の林檎のように透明なままに保つことができた。それが仏教への傾倒や瞑想によってだったことは、よく知られている。

ジョブズの仏教への傾倒の源流を辿ると、大学生時代のカウンターカルチャーへの耽溺にぶつかることになる。ボブ・ディランジャニス・ジョップリンマイルス・デイビスなどの音楽に加え、LSDなどのドラッグを摂取し、大学は半年で辞め、東洋哲学や神秘主義の本を読み耽った。

(…)

今やすっかり「シリコンバレー発」として喧伝されている「瞑想=マインドフルネス」の効用は、実は日本の仏教に由来していたということだ。 

「瞑想(マインドフルネス)」に興味のある人は、初心者向けのこの本が良さそうだ。人生でいつも障害が起こってばかり、壁にぶつかってばかりという人は、その原因が周囲や環境にあるのではなく、自分の心の持ち方にあるのかもしれない考え直してみるのも良いかもしれない。仮にそうでなくても、「瞑想(マインドフルネス)」から得られるものは、決して少なくない。

「人生は我執を手放すことを覚えるプロセスでもある」とは、マインドフルネスとは直接関係のない私見だが、マインドフルネスがなかったら、自分はそのような境地へは到達できなかっただろう。 

~1日10分で自分を浄化する方法~マインドフルネス瞑想入門

~1日10分で自分を浄化する方法~マインドフルネス瞑想入門

 

 昨晩書ききれなかったせいで、この記事を書いているのは翌日の午前中だ。屋外の通りが選挙の宣伝で騒がしくなってきた。それにつられて、「無」から「無心」へ飛んだ主題を「無私」へつなげておきたい。

あの派手なランボルギーニを街角で見かけるたびに、「アベさんが好きだな」とか、「アベさんにもっと政治をやってほしい」とか、心の中で呟いてしまう。

おっと、いけない。ご本人もあのように「大変迷惑している」とおっしゃっている。誤解を招くようなひとりごとは慎まなければ。ケーキのフォレ・ノワールを生んだアルザス地方近くの森から現れたジャンヌ・ダルクではなく、「瀬戸内のジャンヌ・ダルク」こと、阿部元県議会議員の話だ。

2011年、震災瓦礫の受け入れ自治体を国が募ったところ、日本一の受け入れ可能量を示して、勇躍元気良く挙手したのが、愛媛県

それに対して、敢然と立ち向って議会で反対質問ができたのは、この人ひとりだった。

阿部悦子元県議会議員が後継に指名した議員が急死したので、次の日曜日の衆議院議員選挙に併せて、その補欠選挙が行われる。

やはり「瀬戸内のジャンヌ・ダルク」の後継は、「マッチャマのジャンヌ・ダルク」こと武井たか子元市議会議員しかいないだろう。4期15年の松山市議会議員を経て、現在、県議会議員に立候補中。選挙公報のキャッチフレーズは「戦争にNO! 原発廃炉! そして 共に生きる社会を」だ。

市議会議員時代に、銀天街の大街道側の入り口に立って演説している彼女をよく見かけた。市内中心部に住んでいて、出歩き好きな自分でさえ、市民に向かって声をかけている市議会議員は彼女しか見たことがない。ずばぬけた情熱、市民に寄り添ってきた経歴、市議会議員時代に得た確かな実績と見識。市民と環境を愛するジャンヌ・ダルクの後継者は、この人しかいないだろう。

 そういえば、こんな小説の一節を書いたことがある。

「この犬は動物愛護センターから来た犬ですか?」

 教授は否定も肯定もせずに押し黙っている。零細の実験動物業者が、露見すれば出入り差し止めになるだろう不正な実験動物の納入に、やすやすと加担するとは考えにくい。一方、動物実験施設が簡単な書類手続きで、引き取り手のない棄て犬の「最後の飼い主」になるのは、珍しいことではなかった。それは動物を決して愛玩しない飼い主ではあるが、「在庫」動物の多さに悩まされている動物愛護センターにとっては、ガス室送りの殺処分よりも、優先すべき送り先なのである。 

 現在立候補中の彼女は、動物愛護センターに来た「保護猫」を複数引き取って暮らしているのだという。一般論として、「保護猫」や「保護犬」は人間に虐待された経験などから愛玩に不向きで、問題行動を起こしやすいとされている。それを厭わず生命を尊ぶ「無私」の彼女の姿勢は、ひょっとしたらその政治的主張よりも、彼女の人格の素晴らしさを雄弁に伝えているかもしれニャイ。 

 個人的な自分史の話に戻せば、アラサーの時の不幸、アラフォーの時の不幸、真剣に何かを始めると、必ず酷い嫌がらせに見舞われるという自分の人生の「宿命」は、ようやくここで神様が帳尻を合わせにきてくれて、あの保護猫のように救い出してもらえそう、そんな局面に今の自分はいるように感じられる。

いや、もしそうだとしたら、全然帳尻が合わないな!

これはどう見たって、幸運の貰いすぎだ。偉人たちには到底及ばないものの、ぜひとも自分もいくらかの「無私」の心をもって、頑張って世界や社会に幸運をお返ししていかニャくては。 

そして人生はつづく [DVD]

そして人生はつづく [DVD]

 

 

 

 

 

 

(卵の調理法はサニーサイドアップが好き)

Look for the silver lining
Whenever a cloud appears in the blue

 

Remember somewhere the sun is shining
And so the right thing
To do is make it shine for you

 

A heart full of joy and gladness
Will always banish sadness and strife

 

So always look for the silver lining and try to find
The sunny side of life

 

美しさと慈しみの「骨」を内に抱いて

映画を観終わってから最初にやったのは、サーチエンジンの検索。「殺された女の子が実は生きていた」。そんな平行世界に自分が生きていることを、どうしても確認したかったのだ。

主役のシアーシャ・ローナンは、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたり、少女時代よりもふっくらとしたりもしているようで、まさに公私ともに順調。生きててくれてありがとう。

 ネットモールサイトのレビューがあまり芳しくないのが淋しい。以下、気ままにネタバレしながら書くと、連続殺人鬼に殺された少女が、煉獄(天国と現世の中間にある領域)で現世の家族とわずかに接触しながら、自分の死を受け入れて、天国へ向かうという傑作映画だ。スピリチュアリズムに親和性のある人には、自信を持ってお勧めできる。

映画の主題にふさわしい人選で、この人が映画の宣伝役を買って出ている。

 天国や霊魂、生まれ変わりなどをテーマにとうとうと語り続け、会場を独特の雰囲気に包み込んだ美輪。映画のように天国から呼びかけられることはあるかという質問に、「日常茶飯事です」とサラリ。「別に驚きもしないし、珍しくもありません。皆さんもあるはずなのに、あるはずはないと思い込んで、お感じにならないだけです。人間は言葉ができる前はテレパシーで意思疎通をしていて、言葉が発達してその能力が退化してしまっただけ。詳しくは私の本に書いてございます」と話した。 

さて、この現実世界は、同時に不思議の国でもある。不思議の国に自然に入り込んでもらうために、先に映画の主題歌の「Alice」を聴いてもらえないだろうか。 

個人的な話をさせてほしい。取り立ててこれと言えるような霊能力はないものの、自分がこれまで何度も神秘体験に遭遇してきたのは本当だ。その中で人生観が変わったと感じるような強烈な体験がいくつかあって、それらは、シンクロニシティ(偶然とは思えない奇跡的な偶然)による天上の世界から示唆に縁どられながら、世界の神秘と素晴らしさを私に感じさせてくれた。

 一昨晩書いた大分のリアス式海岸、昨晩書いた「ずばぬけてさびしいひまわり」、そこへグロマのティーパーのスーニューが飛び込んできてしまって、嗚呼、と声を出して、頭を抱えてしまった。自分の来歴の中で最も羞恥心の疼くあの「大恋愛」を書けと仰るのでしょうか、それはあまりにも残酷な仕打ちではありませんか、神様。

例えば、自分が「神様」と呼びかけながら言及している、上記3つの時宜的偶然は、偶然だったのだろうか、それともシンクロニシティだったのだろうか。自分は後者だからと思うからこそ、神様、と呼びかけているわけだが、いや、もう、他人がどう考えようとかまわない。神様がどのようにして世界を操って囁きかけてくださっているのか、自分にはだんだんわかってきたような気がしているのだ。

ここ一週間くらいずっと囁きかけてもらっていた気がするのは、この映画を観なさいというメッセージ。 シンクロニシティの数が只事ではないような気がしていた。

日本版の予告編の最後で「これは私が天国へ行ってからの話」と少女が囁くのはミスリードかもしれない。正確には「これは私が殺されてから天国へ行くまでの話」だ。

高校時代に自分が書いた処女戯曲は、ダンテの新曲の「煉獄(天国と現世の中間にある領域)」をモチーフにしていた。「煉獄」の古い訳語である「憂いの街」を戯曲名にしていた(①)。

以下、私がシンクロニシティの連鎖に見えているものを列挙しよう。

この映画の音楽ディレクターは、アンビエント・ミュージックの創始者ブライアン・イーノ(②)。この記事で言及した。 

 わずか2日前に書くべき主題に困って、コクトーを引っ張り出してきてしまえば、当然のことながらエンディング曲はコクトー・ツインズになる。この記事の最初に引用した「Alice」は彼らの曲だ(③)。

映画で使われていたもう一曲、「song to the siren」はThis mortal coil による有名なカバーがある。大好きなアーティスト集団で、かなり早い時期に言及した(④)。

歌唱の音域が広いので気付きにくいかもしれない。実は、「Alice」と「song to the siren」はどちらも Elizabeth Fraser が歌っている。彼女を「天上の存在」に結びつけて、こう語ったこともある(⑤)。

heavenly 自体は「天上の」とでも訳すべき単語で、最近の自分が特にそういうものに関心を惹かれているのは、これまでさまざまな神秘体験を経てきたからもあるが、直近のユングの自伝を読んだことによるところが大きい。

(…)

heavenly voice の代表格と言えば、この記事で言及した4ADレーベルの元エースであるCocteau Twins の Elizabeth Fraser や、私的生涯ベストCMのBGMを歌っていた Portishead の Beth Gibbons などが、ヨーロッパではよく挙がっているようだ。

最近お話を伺った著名な霊能者は、私がほとんど考えられないような時間不足の中、何とか毎日このブログをアップできているのは、霊感の支えがあるからだと仰った。自分でもその通りだと思う。「作家のような物書きは、往々にして天上からの霊感に支えられているものだが、あなたは、天上から降ってくる霊感と自分の脳の中で生まれているインスピレーションの区別がまだついていない」との指摘も(⑥)。

つい3日前の晩、こんなことも書いた。

 彼女の名前を訊きそびれたので、彼女がどんな名前かを想像しながら、「さ」と「み」の間を一文字ずつ探っていくことにした。

「し」、茂雄・長嶋。偉人だが女性ではない。「す」、彼女はスージーではないような気がする。  

上記の記事で想定していた女性は、同じく「さ」と「み」の間にいながら、確かにスージーではなかった。しかし、天上からの霊感と自分の着想とを綯い交ぜに書きつつある中で文字にした「スージー」とは、同じく天上から私にアクセスしてきた別の女性を思い出させるための媒介だったのかもしれない。

何と言っても、殺されたあと煉獄を彷徨いながら、愛する家族から離れられずにそばにいて、家族が自分を殺した犯人を霊感を頼りに追いつめるヒロインの名は、スージーというのだから(⑦)。

ラブリーボーン [Blu-ray]

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 ここからは、ごくごく個人的な着想になる。

幽霊のシロはつくるに、「私(の死)を理解してほしい」という言葉を投げかけるだろう。つくるは彼女が、雨粒の軌道のような揺らいだ垂線の束になって、目の前にあるのをありありと感じ、そこにあまりにも深く強い悲しみが漲っているのを全身で知覚して、涙を流すだろう。(シロと沙羅が、どれくらい遠いか近いかは別として、何らかのつながりがあるという伏線を小説前半に張っておいた上で)、シロは「どうして沙羅さんを選んだかを考えてほしい」とつくるに告げるだろう。

二つの台詞を統合して解釈したつくるは、シロが沙羅に自分の死を理解してもらいたがっていると思い込み、(だから沙羅にシロが発端となった「絶交」事件に直面するよう仕向けられたと勘違いして)、沙羅に必ずきみの思いは伝える、と約束するが、しばらくして卒然と思いあたる。そこにも並立した解釈可能性の幽霊が付きまとっていることに。

シロが、自分の死を理解してほしいと感じていた相手は、(小説冒頭で自死の可能性に思いをめぐらせていた)つくるなのかもしれない。それは真には望まざる形で至ってしまった「死」というものが、どれほど深く強い悲しみを生むものなのか理解してほしい、というシロの悲しみに満ちたメッセージだったのかもしれない。

「どうして沙羅さんを選んだかを考えてほしい」というシロの言葉は、つくるがまだそれと充分に知らずに恋愛相手として「38歳」の沙羅を選んだことの意味を、この16年間の仲間からの隔離を解きほぐしきったのちに、一新して生き直すべき人生の新たな意味として、捉え直すよう求める言葉だったのかもしれない。  

上の記事で書いた上記の部分は、事情を知らない人には、かなりわかりにくいかもしれないと思う。実はこの部分には、実際に自分が体験したある幽霊の女性との遭遇が濃厚に投影されている。今晩は、どうしても、という思いに駆られて仕方がないので、書ける範囲に気を付けながら、彼女のことを、ここに記録しておきたい。

 と、ここで話が前後するが、前の段落まで書いたところで、いったん帰宅しようとして自転車に乗っていたときのこと、思いがけずインスピレーションが降りてきた。

誰もがそうだと思う。仕事で疲れた身で自転車を漕いでいるときに、このあと書く文章の構想の詳細なんて考えることはできない。自分もほぼ無心で自転車を漕いでいただけだった。かつて7月下旬にも、その幽霊の女性は、同じような状況で私に話しかけてくれたことがあった。

今晩は、彼女の声こそ伴わなかったものの、二つのイメージを降ろしてくれた。それは意外にも、これから書く記事の内容ではなく、これまで書いた記事のイメージだった。 

この2つの霊感が、何を私たちに示唆しようとしているかお分かりだろうか?

前者は、記事の最後に引用したスティングの「fiellds of gold」に気付いてほしかったのだろう。黄金色の麦畑は、『ラブリー・ボーン』予告編の0:51から、少女の死後の世界の光景としてあらわれる(⑧)。

後者は、記事の最後のまとめで使った「帆船入りのボトルシップ」に気付いてもらいたかったのだろう。「帆船入りのボトルシップ」は、『ラブリー・ボーン』予告編の1:30から、入り江にボトルシップが打ち寄せて、ガラスが砕ける印象的な場面を形作っている。(⑨)

付言しておくと、自分はヨーロッパ文化に親和性が高い人間なので、イギリス人のスティングは好きだが、いかにもアメリカ的な「一面の麦畑」のような風景に思い入れはない。少年時代から乗り物好きではあっても、自分で運転するなら自動車、操縦しないなら飛行機がフェイバリットだ。「黄金色の麦畑」も「帆船入りのボトルシップ」も、自分の内側から湧き出てきた主題のような感じがしない。

 映画では、父がスージーと一緒にボトルシップを作る場面が最初に出てくる。やがて、スージーが殺人鬼に殺されて、絶望に襲われた父が自作のコレクションのボトルシップをひと壜ずつ叩き割っていく場面の哀切さよ。

しかし、ここで注意しなければならないのは、現実世界での父によるボトルシップの破壊が、煉獄へと投影されて、スージーが走っている美しい海岸へボトルシップが激しく打ち寄せて硝子が砕けていくシュールで印象的な光景を生み出していることだ。

ラブリー・ボーン』では、スピリチュアリズムの先駆者スウェーデンボルグの『霊界日記』や『霊界霊界探訪記』などに基づいた斯界の知識を基盤に、シナリオが作られている。映画のように、現実世界は死後の世界と浸潤しあって存在しているのである。

だからこそ、死後の世界の心の波動は現実世界へも伝わりやすい。実際、絶望した父は、スージーと一緒に作ったボトルシップにだけは不思議な思いが残っているのを感じ取って、破壊せずにその上にキャンドルを灯す。すると、死後の世界にいるスージーの周りに暖色の温かい光が広がり、スージーは父へまなざしを向ける。現実世界にいる父は、キャンドルの温かい光の周りにスージーがいるのを感じて、ゆっくりと手のひらを差し出して、スージーに触れようとする。……と、ここまでは、映画の中のシナリオについての記述だ。

 先ほど少し語ったように、自分には、今この文脈で、語りかけなければならない女性がいる。

上記の記事で、アメリカの9.11世界同時多発テロで、人生の進路が大きく変わった人々について語った。そこでの記述にちなんで、その女性の幽霊を「スミレさん」と呼ぶことにする。

スミレさん、ずっと近くにいらっしゃってくださったのですか?

①②③④⑤⑥⑦⑧⑨の偶然の重なりが、どうしても私には単なる偶然には思えないのです。

私が、私たちが、この「出口」へ辿りつくことができるよう、導いてくださっていたのですか?

自分の霊能力は、一流の霊能者に比べれば、使い物にならないヒヨコ程度のものでしかない。もちろん答える声は聞こえない。

ただ、スミレさんの声を実際に聞いたことが、2回あるような気がしている。記録に取らねばと感じて、どこかに書き留めておいたはず。探してこよう。

1回目の記述が見つかった。

報告すべきことがあります。

1:33
3:20
3:28

上記の順番で今朝メールを送りました。最後のメールを書きおえて、4時からの朝風呂に行こうと思って、しかし、どうしても見返したくなって、最初1:33に送ったメールを読み返していました。

読み返している途中に急に抗しがたく顔がくしゃくしゃになり、号泣してしまいました。声に出して泣きながら、「いや、悲しいんです」とひとりごとを言っていました。号泣のせいで動揺していたので、いろいろと感じることはあったのですが、そのときは明確には気づきませんでした。

しばらくして、「いや、悲しいんです」といった自分は、誰と話していたのだろう。そんな疑問を感じました。私は残留思念のようなものに感応することがあります。その昔、ネット上の自分に向けられた記述をカーソルでなぞるたびに声が聞こえたこともありました。

(自分の書いたメールの)文面に耳を澄ませると、かすかに「ありがとうございました」という残響が聞き取れたような気がしました。

(…)

私が立てた仮説はこうです。苦労に苦労を重ねて、ようやく宿願のメッセージを****さんに伝え終えて、スミレさんが私の潜在意識に「ありがとうございました」と話しかけてくれた。その会話がいつのまにか顕在意識へ昇ってきて、「どういたしまして」なんてとても言えず、泣いている自分を説明するために「いや、悲しいんです」という私の返答になった。……

号泣しているとき、私はスミレさんと一緒に泣いていたような気がします。私が泣き終えた時、目の前に煙柱のような何かがあるのを感じました。繊細で深く強い悲しみの垂線が束になったもの。そんな感じがしました。

(2017/7/24(月) 5:50)

 もう三か月も前のことになるのか、という思いが強い。記憶が残っているうちにもう少し詳細を書き加えておくと、「垂線の束」は私のPC画面のすぐ右隣りに出現した。地面に足のつかない場所なのでわかるはずもないのに、どうしてだか彼女が背が高いことときわめて美しいことがこちらへ伝わってきた。こちらを揺さぶるくらいに、何よりも強かったのが「悲しみ」の情念。……

上のメールで、「私は残留思念のようなものに感応することがあります」と書いた。『ラブリー・ボーン』のラストシーンで、とりわけ自分の感受性が強く感応して、そのセリフだけが際立った響きを伝えてきたのが、「私は自分のいない世界を受け入れられる」という一文だった。

現実世界と天国の間を彷徨っていたスミレさんは、上記のメールでの私の体験や考えに「返信」すべく、数々のシンクロニシティを駆使して、私が「返信」へ辿りつくよう導いてくれていたような気がしてならない。きっと、もうすぐ彼女は、天国へ向かって黄金色の野を歩んでいくところなのではないだろうか。

ラブリー・ボーン』の最終場面、自分が深い感動に涙しながら聞いたスージーの台詞を、ここに書き出しておくことにする。

私が亡くなって

美しい骨(ラブリー・ボーン)が育った

人のつながりは

時にはもろくて

時には犠牲をともなうけれど

とてもすばらしいものだと思う

 

それは私の死後に生まれ

私の物の見方を変えた

私は自分のいない世界を

受け入れられる

 

(…)

 

死者が離れていこうと決めても

それに気づく人はいない

せめてかすかなささやき声か

それが作る空気のうねりを感じるだけ

 

私の名前はサーモン

お魚みたいな名前でしょ?

名前はスージー

 

私は14歳のときに

殺された

1973年の

12月6日だった

 

ほんの一瞬生きて

この世から消えた

 

お別れの時です

末永くお幸せに… 

 

 私事を語らせてもらえば、あの一週間、あと二週間、あと二か月…… 誰もが口々に異なる「締め切り」を口にして、嘘の誘導をかけようとしているように感じられる。もはやそれが何の「締め切り」なのかも、本人には伝えないまま。

でも私の勘では、きっと今晩が、「最後の夜」もしくは「夜の最後」だったのではないだろうか。

その「最後の夜」にあまりにも似つかわしい上記のスージーの台詞を、今朝聞いてしまった自分は、最終的なタイミングの一致も含めて、これらすべてが、ここへ至るまでの偶然すべてが、単なる偶然だったとはどうしても思えないのだ。

そして、最後の「出口」は、きっと自分にとってだけの「出口」ではなく、彼女にとっても「出口」であるような、何かが交錯し、何かが共通する出発点となっているのだろう。

それともこれは、映画の中の単なる虚構話にすぎないのだろうか。たとえそうだとしても、自分は人生の残りの賭金すべてを、そうでない方に賭けることを選びたい。小説の一節に、こんな風にも書いたのだ。

 人は誰もが別々の自分自身の映画を生きている。地上に満ちている映画の群れは、チネチッタのような隔絶したスタジオセットではなく、たいてい路上のロケーションで撮影されるので、人々の行き交う街路では、しばしば複数の映画が交錯して重なっては、離れ離れになる。

もう一度、こちらからどうしてもスミレさんに返信を送りたい。

 あなたが抱いていた強い悲しみを、私たちは決して忘れません。

つらい場所に留まってくださって、私たちの心の中に、しなやかで強い人と人の絆、つまりは「美しい骨」が育つよう、導いていただいたことに、深い感謝を抱いています。本当にありがとうございました。

あなたの新しい転生先で、さらに素晴らしい学びと幸福が、あなたにありますように。

いつかどこかでまたお会いしましょう。See you in the next life.

 自分は「不運」もあって、何度も自殺を考えてしまうような、かなりキツい人生を歩んできた。そういう底辺の精神状態の自分の心に、何度か浮かんでは消えた英語の別れの挨拶を、まさかこんなに朗らかで清々しい文脈上に蘇らせることができるとは、想像もしなかった。何という「幸運」だろう!

「さ」と「み」の間、つまりは「美しさ」と「慈しみ」の双方に通じた場所にいたスミレさん、どうか天国で幸せにお過ごしください。

 

 

 

マヨネーズの出口はいつも☆型

出社して今これを書いているが、本当は今日は休日。昼にいきなり電話がかかってきて、両親と一緒に昼食をとることになった。同じ市内に住んでいるのに、多忙なせいでなかなか会えないので、偶々時間が合って顔を合わせると話が弾む。両親と過ごせる時間も、もうさほど長くはないかもしれない。話せる時間さえあれば、たいていのことは話すようにしている。

別れ際、父に聞こえないように気を使って、母が耳元で「マヨちゃんのことは忘れて、早く元気になってね」と囁いてきた。

マヨちゃん? そんな女の子は知らない。尤も、癖っ毛の髪質と同じく、母には天然で可愛らしいところがある。「Dance with wolves」を観て以来、「コビン・ケスナー」のファンを自認しているのも、彼女ならではの逸話。

誰か別人と間違えているのだろうか。例えば男性ミュージカル俳優と。といっても、自分も先日男性と女性を取り違えるというありえない認識ミスをしてしまったので、こういう人名の取り違えは遺伝なのかもしれない。

むしろ、気にすべきは、「早く元気になってね」の方だろう。状況が複雑すぎて説明が難しいと感じたので、「忘れたよ」と言って微笑んで、母を安心させてあげた。さらに、心の中で「調味料のマヨちゃんへの執着がもうないのは本当さ」と続けた。

というわけで、今晩は料理や食べ物にまつわる話をどうしても書きたい。マヨちゃんが誰なのかはよくわからないが、並列している複数の可能性のうち、「調味料」について語るだけ語ってその可能性を消しておけば、未知のマヨちゃんに会える可能性が高まるというものだろう。

では「焼き鳥」から始めようか。 グーグル・ストリートで見に行くと、再開発で思い出の焼き鳥屋さんが消えていたのは、残念至極。その焼き鳥屋は線路の踏切に接していたので、電車の通過待ちのために、しばしば店の前で停車したものだ。

その踏み切り待ちの場で、同い年で同じ身長の「スター」に遭遇したのには驚いた。しかも場所は鬼子母神。お年寄りの原宿と称される巣鴨に似て、年配の人たちばかりが集まる街だ。鬼子母神の踏切で私が停車していると、礼儀正しく「ちょっと前を通らせてください」というジェスチャーをして、小綺麗なスーツを着こなした若い男性が前を通ったのだった。

ロングヘアーをポニーテールにまとめた彼の風貌から、私は「キムタクもどきのホストにちがいない」と即断して、「しかし、そういう人がどうして鬼子母神にいるのだろう?」と自問したのを覚えている。

踏切の遮断機はまだ上がらない。「彼」がやってきた方向から「何で先先行くのよ」といった不満を、故意にゆっくり歩く足取りで表現しているかのように、若い美人が遅れて姿を現した。彼女はすぐに識別できた。「恋しさと切なさと心強さ」を恋する相手に感じる女優だった。 

 東京で芸能人に遭遇した自慢話を書きたいのではない。他にも10人以上には遭遇しているし、東京で10年くらい暮らした経験からいうと、それは自慢になる話というよりは、東京に住んでいれば誰にでもよくある話という印象だ。 

それに、私と「彼」には年齢と身長以外、共通点らしい共通点がまるでない。

ただ、上の記事で「シナモン」みたいだと私が形容した50代女性が機械が苦手だったので、「彼」主演のドラマを連続録画して、DVDに焼いてあげたことがあった。そのドラマで首相役を務めた「彼」の重厚な机に置かれていたデスク・ライトが、私がここ20年ほど使っているライトと同じものだったのを、ふと思い出したから、この挿話を書いている。

そのライトをめぐって、2016年6月に起こった一種の神秘体験を、かつてどこかに以下のように書いたことがある。デスク・ライトやオーディオ・アンプに降りてきて、そのスイッチを操作して遊ぶ精霊たちを、当時の自分は「天使」と呼んでいた。

  少し前 、天使たちが何年かぶりに会いに来てくれたことがありました。それは、起業した会社の或るスタッフが時給を詐取しようとしていたことが発覚した夜のことです。私はアルバイトとしての彼の能力を高く評価していたので、どうしようもない虚脱感に襲われて、落ち込んでしまいました。当時は、私にはほとんど月給は出ておらず、クレジットローンも含めてギリギリで会社を回している時期でありながら、スタッフには先行して給与水準を引き上げ、歩合制を導入していた時期のことでした。

 ここまで自分が頑張って最大の仕事量を引き受け、ここまで自己犠牲を払って休みなしで頑張っているのに、こんな仕打ちを返してくるのか、というのが率直な思いでした。

 部屋を真っ暗にしたままベッドに放心して座っていると、そこへ天使たちが現れました。デスク・ライトが不意に点灯し、デスク・ライト自体が生きているかのようにスイッチが断続的にオンオフされたのです。久しぶりの再会にこちらも嬉しくなって、いろいろと話しかけてみました。

 すると、モールス信号的というか、何というか、何となくこちらの質問に答えようとしてくれているようなのです。そこでの質問と答えを総合的にまとめると、「今の仕事の階段をもう一段のぼって、もう一度中央のシーンへ戻ってきなさい」と解釈できるような気がしました。

 この神秘現象が起こったのが、2016年6月。上の文章を書いたのが、2016年11月。あれから1年半も経ってしまったのか、という感慨が深い。実は、天使たちがそのデスク・ライトを使って話しかけてくれたのは、その時だけではない。これもどこかに書いた。

今朝、また天使が舞い降りてきました。

古いゴールドのデスク・ライトがスイッチも入れていないのに明滅して、光が震え始めました。何かを喋っている音声の波動に合わせて、光の明暗が揺れる感じ。「私を見守っている」と伝えてくれているようでした。

しかし、私が今後どのような道へ進んだらよいか訊くと、光は嘘のようにふっと消えました。「依存せずに自分で道を切り拓け」というこの苦難の隠しテーマは、私の推測通りだったと感じました。

(2017/2/2(木) 2:07)

 あれ? おかしいな。全然食べ物の話にならない。もっと調味料に寄せて書き始めるべきだっただろうか。例えばドレッシングの話とか。

  日本の電力卸取引は現在きわめて低迷している。東日本大震災で電力不足となったことが原因だという議論もあるが、もとより日本卸電力と取引所(JEPX )は震災時に電力を供給できるような体制になっていない。東西で周波数が異なり送電網が分断されているばかりか、電力会社の電源さえも東西どころか多くの電力会社間でスムーズに流れるようになっていない。だから電力取引所があっても実際には機能不全となる。

(…)

 欧米での電力取引活性化の基本は、市場の透明性の向上、市場参加者の拡大、取引市場への信頼性の確保であり、いずれも相互に深く浸透している。さらにガバナンスの問題もある。市場参加者が取引市場を運営していれば当然、お手盛りの市場となり、市場を拡大したり見知らぬ参加者を募るわけがない。海外の専門家からは、日本の電力取引所は9電力会社の仲良しクラブでしかなく「偽装取引(window dressing)である」と批判されている。 

発送電分離は切り札か: 電力システムの構造改革

発送電分離は切り札か: 電力システムの構造改革

 

 「偽装取引(window dressing)」か。やはり、食べ物の話ではなくなってしまったが、いつかそちらへ話題を戻すことを誓って、「スター→ライト→光」と続いてきたこの文脈を、発送電分離の話題につなげようか。 

 著者は、おそらくこの分野の日本第一人者なので、「垂直統合のまま」か「発送電分離」かなどという高校サッカーのような熱い戦いには、クールに構えて加わろうとしない。むしろレフェリーのような立場にたって、無味乾燥とも感じられる冷静な筆致で問題の所在を明らかにしていく。  

電力システム(発送電分離)の構造改革の第一人者である山田光を、上記の記事で「レフェリー」のようだと形容したが、そのレフェリーがこの国家存亡をかけた「絶対に負けられない戦い」でどんな判定をしたのか、試合結果を報告しておかねばならないだろう。印象論でいうと、このレフェリーは相当に優秀だ。なるべく論旨を損なわないように、短く要約していこうと思う。

発送電分離によくある5つの誤解>

発送電分離で送電設備への投資が遅れる」という誤解 → 誤解です。配送電には規制がかかるので、(離島などへの)ユニバーサル・サービスは維持されます。欧米の事例では、配電と送電の分離など構造改革を徹底した方が配送電設備への投資が進む結果となっています。

電力自由化カリフォルニア州で失敗した」という誤解 → 誤解です。制度設計ミスや山火事など、カリフォルニア特殊的な事情が大きく作用したので、一般化できません。同じタイプの電力システム改革をしたスペインではうまくいきました。

電力自由化によって供給が不安定になり停電が発生」という誤解 → 誤解です。大停電の発生は連系と遮断の技術が発展途上だったことが原因であり、発送電分離とは関係ありません。垂直統合型のシステムであっても、2007年のイタリアのように大停電は起こりえます。

「送電はもうからない」という誤解 → 誤解です。むしろ公益性を担保するために安定した収入が得られ、事業の効率化や他国への進出などにより、収益性の向上も望めます。

 「計画停電垂直統合型だからうまくいった」という誤解 → 誤解です。垂直統合型だからこそ、地域内の電力不足を他地域から融通できなかったのが実情であり、構造改革型であれば、2011年の計画停電自体が不要だった可能性が高いです。 

 さて、誤解を解いた上で、現行の日本の「垂直統合型」と、発送電を分離した「構造改革型」のサッカー対決を見てみよう、と書くつもりだったが、圧倒的なワンサイド・ゲームだ。これでは試合にならない。

垂直統合型」

  1. 高度経済成長時に、電源確保が早かったというメリットが多少あったかも。

構造改革型」

  1. 送電と配電は規制されるので公益性は引き続き確保。
  2. 発電と小売は自由化されるので、競争原理と普段の経営努力により価格が下がりやすい。
  3. 太陽光や風力など、地球にやさしい再生可能エネルギーも含めた多様な電源の流通が可能になる。
  4. 公共性と透明性の高いインフラを通じて、消費側と生産側双方に利益のある需給マッチが起こる。電力会社による無根拠な自組織利益誘導(総括原価方式)が消える。
  5. 地域間分断が消え、配送電ネットワークが広域化されるので、電力供給が安定化する。
  6. 電力ビジネスへの参入障壁が下がり、新規参入者が続々と生まれて市場が活性化する。インフラがスマートメータースマートグリッドなどの情報技術を伴っているため、直接の発電と小売り以外の関連ビジネスも活性化する。
  7. 配送電ネットワークの広域化により、(北海道のような)遠隔地の自然エネルギー発電を(東京のような)大消費地へ運べる。 

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 上記のようなワンサイド・ゲームの「圧勝」は、本当はちょっと考えれば誰にでもわかることだったのかもしれない。そこで、 発送電分離の「巨匠」とも言える山田光の本書を自分なりに読み込んで、これは希望が持てそうだと感じた新展開を、さらに三つ書き出してみたい。箇条書きの冒頭は、期待を込めて星印で始めることにする。

地域独占の壁を消して、日本全域に公共インフラが広がると、業種間の壁も消える可能性が高いこと。電力とガスの併給、電力とホームセキュリティの併売など、新たな組み合わせのサービス産業が花開く可能性がある。

 

☆ これまで電力会社は夏の最大需要に合わせて発電設備を作ってきたが、スマートメーターによって消費状況×変動電力価格が開示されれば、電力のピークシフトが大きく働く可能性が高い。本書では触れられていないが、これにやがて一家に約一台普及するだろう電気自動車の蓄電性能を組み合わせれば、折からの人口減と相俟って、夏の電力最大需要を3/4や2/3にできる可能性は高い。 そうなれば、原発の数を3/4や2/3にする根拠にできる。 

 

☆  日本全域の公共電力インフラが普及すれば、安定供給を目的とした、外国との電力融通への道も開かれる。例えば、ノルウェーとオランダ間には560kmの海底送電線がある。サハリンと北海道間はわずか43km。下記のEANESのような広域電源ネットワークが完成すれば、互いに電源の安定供給のインセンティブを持つ当事者国間で、軍産複合体の煽動による戦争惹起の可能性が小さくなる。

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 今晩の結論は出たな。そう感じて、ほっと安堵の息をついたとき、急に電話がかかってきた。

知らない男の子からだった。

少年:もしもし、今晩も、何とか書けたみたいだね。

自分:読んでくれていたの? きみは誰?

少年:……。

自分:誰ってば!

少年:ちゃんと名前はいま言ったよ。大切なものは目に見えないし、大切なことは耳にも聞こえないんだ。

自分:わかった。星の王子さまだね! 箇条書きの頭を☆にしたから、電話をくれたの?

少年:そういうわけでもないけれど、大事なことを思い出して☆いときに、全然違うものを☆がって、道を誤る人もいるからさ。ハフポの記事の小見出しだけでも、きみに読んで☆いと思ってね。


1.子供の時の独創性を、もういちど取り戻そう

2.真面目になりすぎず、ちょっとしたことを楽しもう

3.幸せになるため、自分の時間を持とう

4.探検する勇気を持とう

5.何かを決めるときには、心に従おう

 

自分:ありがとう。きみの言う通りだと思うよ。先日、飛行機乗りで人工心臓の発明者でもあったリンドバーグの話をしたところだったんだ。飛行機に乗ったまま行方不明になったサン・テグジュペリについて、ひょっとしたらきみは何か知っているんじゃないかい?

少年:あまり質問ばかりするのはいただけませんね。期待していたこちらも、がっかりしてしまいます。自分の頭で考えることを決して忘れてはいけません。

自分:あれ? 急に「ですます調」になった。誰かと入れ替わったの? 待って、考えるよ、自分で考えるから。今日の記事だけ、結局料理の文脈には戻せなかったんだけど、発送電分離に将来性があるかだけ、さっき書いた三つの☆の箇条書きを見て、返事をくれないかい? きみはどう思った?

少年:有望ですよ! 

 といったきり、電話はいきなり切れてしまった。でも、自分には、どことなく満ち足りた充実感のようなものが心に残った。どうしてあそこで電話が切れたのか、わかったような気がしたんだ。

わからない人は自分の頭で考えて☆い。

 

 

 

(停電事故の後も、カリフォルニア州では電力改革が続いているらしい)

湖底のコクトー的流れ星

どのように書き始めようか。

けれど、どんな格好をつけた文飾を駆使しても、自分は自分だ。蟻が永遠に自分の影から逃れられないように。……

思わず下手な比喩を使ってしまった。やれやれ、困ったことだ。そこで、比喩の勉強をしようと思い立って調べていると、比喩の巧い作家としては村上春樹三島由紀夫の名前を挙げるのが、世の中の通り相場になっていることがわかった。

ここ最近は90年代の話ばかりをしている。そういえば、作家ばかりがパネラーになった当時のバラエティ番組で、「静けさ」を表す明喩を、制限時間内でフリップに書くというお題が出された場面があった。真剣勝負で自分も考えてみた。パネラーたちもやらせなしで書いているらしく、回答の比喩の粒はかなり荒かった。

自分が数秒間で考えたのは、「氷結した湖の底のような静けさ」。例によって美と感傷に寄り添った表現だが、自分ではさほど悪くないと思う。いつかどこかで使ってやろう。

 パネラーの比喩が比較されて、誰かが最高得点を獲得した。そのあとに「ちなみに、村上春樹さんは…」と言って司会者が紹介したのが、こんな感じの比喩だったと思う。

 フライパンに油を引いたときのような静けさ。

 どの作品に使われた比喩かは知らないし、記憶で書いているので正確な文言なのかどうかもわからない。ただ、それを聞いたとき、静けさにはやはり「対位法」を使うのか、といった印象論が心中にぽっと浮かんだ。静けさを表現するのに、静かな表現をいくつも積み重ねたら、感覚的に「うるさく」なる。

フライパンは火にかけている料理中はたいてい騒々しいものだ。しかし、その騒々しさを「フライパン」という言葉で一瞬想起させておいて、それを「油を引く」調理前の瞬間へ引き戻せば、「静けさ」が際立つ。なるほど、と当時20代だった自分は膝を打ったのだった。

これもどの作品かは忘れたが、初期の小説で、紀伊国屋のレタスを訓練された兵士に例えた比喩があったのを思い出した。検索するとこれが出てきた。中国語では『舞! 舞! 舞!』という書名になるあの小説。 

 でも僕は紀ノ国屋で買い物するのが好きだ。馬鹿気た話だけど、ここの店のレタスがいちばん長持ちするのだ。どうしてかはわからない。でもそうなのだ。閉店後にレタスを集めて特殊な訓練をしているのかもしれない。もしそうだとしても僕は全然驚かない。高度資本主義世界ではいろんなことが可能なのだ。

 僕は朝のうちに紀ノ国屋に行って、またよく調教された野菜を買った。 

舞!舞!舞!(ダンス・ダンス・ダンス)(中国語) (村上春樹文集)

舞!舞!舞!(ダンス・ダンス・ダンス)(中国語) (村上春樹文集)

 

 紀伊国屋がレタスを売っているわけないだろうと思った人は、漢字をよく確認してほしい。こちらは東京の青山にある高級スーパー。

 引用部分に明確な比喩(明喩)は使われていないが、紀ノ国屋でアルバイトをしている友人を習慣的に車で拾って帰っていた時期があったので、ちょっとした内情を小耳にはさむ機会もあった。

一回の晩御飯の買い物が数万円にもなる高級スーパーでも、社員は必ずしも、というか、決して決して高給取りとはいえない薄給に耐えて、懸命に仕事をしていたようだ。仕事中の社員たちと、客として何度もすれ違ったことがあるので、その言葉に嘘がなかったのは知っているつもりだ。そういう勤勉な社員が、レタスの葉の根元に小さなナメクジがいるとの苦情の電話で呼びつけられて、高級石材を一面に貼り込んだ高級マンションの玄関口で、怒鳴られながら、何度も平身低頭の頭を下げなければならないのだそうだ。バイトから聞いた話なので、話半分に聞いてもらってもかまわないが、Reality bites. 虚構と違って現実は厳しい。

20代までの生命との宣告を受けていた自分は、しかし、そんな現実の厳しさもどこ吹く風、紀ノ国屋から骨董通りへ散歩の足を延ばして、高級家具店めぐりをしてパサージュを楽しんでいた。

 Webを覗いていると、ミース・ファン・デル・ローエがデザインした椅子に腰掛けてオペラを鑑賞しているところだ、なんていうご機嫌な日本語に出くわしたりすることもあって、ドイツから摩天楼の合衆国へ渡ったあの伝説的なガラス高層ビルの建築家の人気は、この極東の地でもまだまだ衰えていないのだなと感じさせられる。 

 アラサーにもなって、あんな書き出しで記事を書き始めたのは、きっと20代の頃に欲しかったバルセロナ・チェアに未練があったからだろう。

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一人掛けで15万円オーバーは、自分の好きなレンジの買い物じゃない。いつかレプリカが出たら購入を考えようと20代の自分は心に呟いて目を転じ、これなら買えそうだから、好きな部屋に住めたら買おう、と心に決めたのが、この三次元スターのペンダント・ライト。たぶん類似品が多く出回っているはず。

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絵の中の二次元の星はよく見かけるが、三次元のスターは輝きや存在感が違うような気がする。いわゆる作家物ではないが、上記のお店でもパリのアパルトマンが引き合いに出されていることからもわかるように、直観的にいうと、これはとてもコクトー的なライトだ。事実、コクトーのデッサンのラインをハイファッションに織り込んだラインナップでも、スニーカーには星が輝いている。

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 え? またしても、とめどもなく話題が逸れていってるって?

わからないかな、一本の同じ文脈でつながった話をしているのが。村上春樹コクトーは、東西を代表する比喩の巧い文学者なのだ。 

コクトーのずばぬけた詩才については、上の記事に書いた。引用しそびれている礼拝堂の画像を、どこかの旅行者の写真から引用しておこうか。 

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 自分が隠れコクトー好きであることは、この記事でカミング・アウトした。

比喩の巧い作家が比喩の巧い作家を好んで読みそうなことくらいは、誰にでも想像しやすい。記憶だけで書いてしまうと、1996年の対談本で対談相手の河合隼雄は、ある女学生が村上春樹コクトーの主題的共通性で論文を書いたことに言及していたと思う。無名の女学生が根拠にしたのは、初期作品『羊をめぐる冒険』の「☆の斑紋のついた羊」。そこにコクトー・スターの刻印を読んだというわけだ。2017年の現在から振り返ると、鋭い着眼だったのではないだろうか。 

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

 

 自分が、村上春樹におけるコクトーからの影響関係に最初に気付いたのは、2002年の『海辺のカフカ』を読んだときのこと。オイディプス神話の一角にLGBTを置いて神話を新しくしようとしているところに、コクトーの『地獄の機械』と同種の趣向を感じ取った。処女ブログにもそのような意味のことを書いた。

それからしばらくして、阿部和重の『ニッポニア・ニッポン』の「鴇」が、大江健三郎の『月の男』に出てくる「絶滅危惧種としての天皇」と重なっており、その文庫本解説の或る文脈が、サルトル『聖ジュネ論』の終章「ジュネ善用の祈り」を踏まえて、「天皇制善用の祈り」を引き出していることと、阿部和重の「鴇殺害事件」がつながっていることを指摘した。

つまり、『ニッポニア・ニッポン』は、上記の記事で言及した『パルチザン伝説』を経由した蓮実重彦文脈と、『月の男』を経由した大江健三郎文脈の両方を「対話的」に引き受けた稀有の文学史的小説だったわけだが、そのようなかけがえのなさには、自分以外の誰も気づかなかったようだ。起こりえたこととすれば、ブログでこの周辺へいくつか言及した自分が「文芸評論家が気付かないことに気付く奴」との栄えある称号を頂戴したことくらい。といっても、それも気のせいだったのかもしれない。

気のせいかもしれないことを怖れず書く覚悟で続ければ、これから村上春樹を研究する後進のために、「村上春樹の対話癖にご用心」という言葉を残しておきたい。

あまり知られていない批評本かもしれない。記憶違いかもしれないが、この本の著者が仕掛けた「探偵ごっこ」に、村上春樹から一種の返答があったことが書かれていたはずだ。

ねじまき鳥の探し方―村上春樹の種あかし

ねじまき鳥の探し方―村上春樹の種あかし

 

 『海辺のカフカ』も、その種の対話が含まれている前提で、読み込むべきだろう。自分がどこかで言及した蓮実重彦対抗の「装置は埋め込まれている」という記述の詳細には、ここでは触れない。上記の拙記事では時間がなくて書き落としたが、蓮実重彦の『小説から遠く離れて』を最短でまとめると、自分の中ではこんな一文になる。

フロイト的三角形から遠く離れて、説話論的観点からドゥルーズ『アンチ・オイディプス』的な「日本的三角形」が露呈しているさまに目を凝らすと、天皇制に関わり深い磁場のもとで、大江健三郎中上健次が闘争線を引いて抵抗しているのがわかる。

今晩考え直していて、2003年の自分も、しっかり読み切れていなかった気がして、ちょっと気恥ずかしい気分になってきたのだ。

村上春樹自身が、どこまでの創作意図をもってあの小説を書いたかは、さほど大きな問題ではない。

周知のように四国の森は大江健三郎の本拠地。『個人的な体験』以降の大江健三郎の反復主題は「障害のある息子との共生」であり、短く書けば「父子関係」となる。その「父子関係」において大江健三郎が「父」の立場に立っているのは明白だが、様々に描かれている「子」のバリエーションのひとつに、ザッカリー・Kという音楽家がいるのをご存知だろうか。

ザッカリー・K・高安(たかやす)
「燃えあがる緑の木」三部作に登場する日系米国人。高安カッチャンの息子。以前「地獄機械」(マキーナ・インフェルナル)というロック・バンドをひきいていた。そのバンドの"Oblivion"(忘却)という曲は、ヒカリの妹マーちゃんのお気に入りという。

ミニ事典本体

ザッカリー・Kが最初に登場するのは、『雨の木を聴く女たち』。連作の中で、主人公は、奔放かつ大胆に引用ばかりを繰り広げるそのロッカーのレコードに接して、新世代の創造の息吹を感じつつも、そのサブカルチャーに深くコミットできない疎隔感を感じる。

海辺のカフカ』の舞台となっている四国の森、オイディプス・コンプレックス、コクトー『地獄の機械』。……

それが自分にとって幸運なことのか不運なことなのかはよくわからない。蓮実重彦の『小説から遠く離れて』の論旨について、一定程度正確な理解を公表していた人物は知らない。

文壇政治的なやや腥い話になる。『海辺のカフカ』というテクスト上でおそらく起こっているのは、蓮実重彦による大江健三郎評価の変化(マイナス→プラス)を前提としないまま、蓮実重彦対抗の文脈で、村上春樹が、大江健三郎による(コミットメント期以降の)村上春樹評価の変化(マイナス→プラス)への「返答」として、主題的接近を図った小説とも読めるのではないだろうか。

主題的接近と言っても、村上春樹大江健三郎と同じような主題で書けばよいと考えたはずもなく、大江健三郎に似ようとしたはずもない。事実、同じ四国の森を描いても、二人の小説群がまったく異なる輪郭を読者に伝えているのは間違いない。

例えば、又吉直樹も絶賛する大江健三郎の代表作『万延元年のフットボール』には、村落共同体が秘めている神話性を梃子に「村ー国家ー宇宙」に通じる革命可能性の追求がった。一方、村上春樹は暴力絡み(それはまたLGBTの発生源ともされる)の父子関係から、個人の内側にある井戸(≒イドid)を媒介に、井戸の底でつながっているユング的な集合無意識へ至った。

異なると言えば、圧倒的に異なる。

しかし、自分が読み直しつつ感じるのは、『海辺のカフカ』で、「共通敵?」の蓮実重彦に対抗言論を組織しながら、コクトー『地獄の機械』を媒介に、12歳年長の大江健三郎の主題論的系譜に「子(≒ザッカリー・K)」としてつながろうとしたときの、村上春樹の孤独の深さだ。大江健三郎が生きた山口昌男的な神話的共同体と、村上春樹が生きたユング的な集合的無意識は、普通に考えれば、思想的懸隔がかなり大きい。それでも目配せを送らずにはいられなかった衝動があったとしたら、それは孤独の深さだとしか言いようがないだろう。

2017年の現在から振り返ると早くも見えにくくなっているが、村上春樹が本格的に世界的な評価を手に入れ始めた時期は、作家のキャリアとしてはかなり遅目だった。現在のように「圧倒的な一強体制」に至ったのは、2010年の『1Q84』を待ってようやくだったとも言われる。

支持派も批判派も誤解ばかり。それでも書き続けなければならないと考え、事実、書き続けたのは、ユングがいう意味での「霊界」にアクセス可能な特異な資質の持ち主だったこともあるが、少数であるとはいえ「壁」を乗り越えて言葉を投げかけてくれる「理解者」に恵まれたからでもあるだろう。

上記の記事で語った丸谷才一には、「新人」村上春樹に対する感動的な逸話がある。

村上春樹の才能を早くから見いだし、村上のデビュー作『風の歌を聴け』を群像新人文学賞において激賞。また、受賞はしなかったが芥川賞の選考においても村上を強く推した。丸谷は村上の受賞祝辞を用意していたが、村上が弔問に行った時にこの幻の原稿を息子さんから見せられた。

丸谷才一 - Wikipedia

丸谷才一村上春樹の間に、唯一無二の絶対的な創作スタイル上の共通性があったとは考えにくい。「壁」っていうものは、いつだって取るに足らない組成成分でできている。初期の村上春樹を受容する側にあった「壁」とは、要するに私小説的な日本文学の伝統から乖離しても尚、英米文学を正確に受容できる能力があるかどうか、といったものだったのだろう。

話題が次々に流れて、何の話をしていたのか、またわからなくなってしまった。若い頃に骨董通りで見つけたライトの三次元のスターの光を感じたいという話だっただろうか。それもあるが、たぶんもう少し広い視野のもとで話をしていたような気がする。骨董好きだけの愛玩物にしてしまうのはもったいない輝かしいものが、この世界にはたくさんあるというまとめでどうだろう。そう断言してしまうと、また話が流れてしまうことになってしまうだろうか。

どうしても星に関するこの話が流れてしまうのなら、この記事が終わるあと数行の間に、読者それぞれの願いを星に託してみてはどうだろう。自分はこの記事の書き始めから、ずっとお願いしている。

返事が来たかって? ほとんど無音で、返事はまだない。まるで氷結した湖の底のような静けさだ。それでもかまわない。明日の晩も同じお願いをするつもり。

 

 

 

(「双子のコクトー」の中でよく聞いた好きな曲。下記の事件の日に買ったCD)。