松山市の道後にどういうわけか英国式の洋館が現れたときには、何となく場違いな違和感を感じた。地元の名士が手がけているホテル事業にケチをつけたくはないし、良質のレストランやカフェは自分もよく利用している。十数年もたてば、地元民にとっては馴染みの風景だ。しかし、初めてあれを見る観光客は、やはり違和感を感じるのではないだろうか。 どうして道後にオールド・イングランド

ホームページを見ると、「明治の香りただよう道後の街に合わせ」たと書いてある。松山で明治を語るなら、明治の勃興を描いた司馬遼太郎の『坂の上の雲』を語らずにおくことは不可能だ。夏目漱石正岡子規秋山好古秋山真之…。大学病院の病棟で夢中で司馬遼太郎を読んだ中学生時代が懐かしい。

ただ、綺羅星のような先人たちが残した文化資源を、この街はまだ汲み尽くしていないというのが私見で、オールド・イングランドの意匠は『坊ちゃん』を書いた漱石の倫敦留学と結びつけて、観光客の旅情を喚起するべきなのではないだろうか。

自転車に乗る漱石―百年前のロンドン (朝日選書)

自転車に乗る漱石―百年前のロンドン (朝日選書)

 

 そして、倫敦留学中の夏目漱石は当時普及し始めた「安全自転車」の一大ブームに文字通り便乗して、現代の小学生が懸命に練習するように、ロンドンで自転車乗りの練習に精を出している。しかし、結果は散々なものだったことをエッセイでこぼしている。

夏目漱石 自転車日記

松山市といえば、「自転車乗りの聖地」今治とはさほど離れていない。しまなみ海道を渡ってきたサイクリニストたちが、余勢を駆って道後温泉に浸かりに来ることも珍しくない。これらの文化資源の網の目を、観光客がにわか探偵となって探索する道筋を用意しておくのも一興だと思う。

 オールド・イングランド夏目漱石のロンドン留学→歴史上初の自転車普及ブーム→シャーロック・ホームズは、実はすべてつながっているのである。こんなに豊かな文化資源を持っている地方都市も、さほど多くないと思うのだが、いかがだろうか。

漱石とホームズのロンドン: 文豪と名探偵 百年の物語

漱石とホームズのロンドン: 文豪と名探偵 百年の物語

 

 

 

 

 

 

 

 

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(この記事は明日の深夜までに完成させます。もっと早いかもしれません。この記事を含めてあと4つですね。もう書くことはありませんが、何とかして見せましょう。Fiction!)

世界の終わりとアンジェリック・ワンダーランド

ホールデン・コールフィールドみたいとかなんとか 言われて ご機嫌になるようなタイプ」

 

 

とか、そんな風に言われたことはないし、ご機嫌になったこともないけど、むしろどっちかっていうと「Happy Sad」に近いとか、言われたっけ? ま、そんなことは大事じゃなくて、少年饒舌体で打ち明け話をしようと思っただけのこと。ホールデン君のいうとおり、後悔するに決まっているけれど。眠いんならもう眠った方がいいよ、とか、言ってみたけど、きみ誰だったけ? 嘘。忘れたフリをしておくよ。村上春樹が『ライ麦畑でつかまえて』は語りかけている相手の you が大事って言っていて、本当にそうなんだな、you know.  そんで、彼の『色彩のない多崎つくると 彼の巡礼の年』っていうのが、先行テクストにアイツがいるぜ、って誰かが噂していて、またその話か、と思ったというわけ。

 アイツっていうのは庄司薫で、『赤頭巾ちゃん気をつけて』の他に「黒」「青」「白」があるから、カラバリが似ているって話。でもさ、薫くんは、ずいぶんなインテリなんだぜ。何てったってアイドルな政治学者の丸山真男の「薫」陶を受けてるってんだから。ちがう、ちがう、ちがう、ってここは三回言っておかなきゃ。さっき言った小説とも似ていないし、薫くんとホールデンくんだって、ダチョウとカンガルーくらい似てないよ。ホールデンくんは中高一貫校を追い出された17歳、もっと俄然軽いんだ。

 モラトリアムの男の子が女の子とデートしたり、大好きな妹と将来の夢を語ったり。会話するなら、きっとこんな感じ。

「え、ぼくの好きな女の子のタイプ? ほとんど考えたことないけど、強いて言うなら、PUFFYの真ん中のコかな」

「真ん中のコ? 二人組じゃなかったっけ?」

「え、きみには見えていないの。歌っている二人の後ろで、一心不乱に透明な白のパンダを並べているコ」

「…というか、いないでしょ、そんなコ。それに『透明な白』って矛盾していない?」

「そうか… きみももうすぐ見えようになると思うんだけどな。だって『透明な白』って天使の色だから。あ!」

(と小さく叫んで、彼女の肩のあたりを驚き顔で凝視する)

「なに? 私の肩に何か付いている?」

「…翼が見える! 『透明で白』の天使の翼が!」

 と、だいたいこんなルーティンで、女の子を喜ばせようとしたり笑わせようとしてきたんだけど、不思議だな、上手くいったためしがないんだ。女の子全員にそんなこと言っているんでしょう!とか、この詐欺師、ペテン師!とか、罵倒までされたりして、もう踏んだり蹴ったりだ、と、妹のゆみりんに打ち明けると、あっけなく笑い飛ばされちゃった。

 ゆみりんっていうのは、えみりんの妹分で二人は血はつながっていないけれど、Emi-Yumi の仲良し。ぼくにはもったいない妹で、あれ、全然うまく言えないや。いつも表情が屈託のない明るさで、ここで話したチコの実が最初に「それ!」って芽を出す感じの Best and Brightest な妹って言えばいいかな。はは、この場合は「最高輝度」って意味だけどね。

 それ全然間違っている!って、ゆみりんはあきれて、駄目な兄を叱るわけだ。

「その言い草は確かに詐欺師っぽいし、ペテン師っぽい。そういうのって、本当に無垢な女の子にしか言っちゃダメなのに」って、これには参っちゃった。ぼくは大して取り柄もないから、女の子に何を話していいかわからない、ってここはもう軟弱まる出しで、ゆみりんに泣きついてしまった。すると、自分の良いところを自然に見せるのが大事なの、とか、これは母さんの口真似をしたご立派な訓示。ああ、もう、てんで駄目。まるで自信がないや、って顔で口をへの字にして泣きそうな顔でいると、兄貴はくしゃみの仕方が可愛いよ、って、おい、本当かよ。これは本人も初耳のチャームポイントだ。

 確かに、「はっくしょん」とか「へっくしょん」とか普通の発声でくしゃみができなくて、「っくしょん」とか「っくちゅん」とか、どうしてもハ行が抜けてしまう癖がぼくにはある。何ていうのかな、ハ行は魔物っていうこと。蜷川幸雄演出の『身毒丸』最大の難関は「継母! 継母!」って絶叫するシーンで、そこで「ハハ!」をうまく絶叫できた天才少年は、今やキンキンに冷えた床に頬ずりする名俳優だ。

 でもさ、きみはどう思う。デート中に、男の子がハ行なしで可愛いくしゃみをしたとして、女の子の気持ちは揺れるものなの? ああ、こういう助言をされると、遊園地に連れて行って回転木馬に乗せてあげたくなっちゃう。まだ恋愛の機微を知らない子供なんだ、ゆみりんは。

 でも、本当に無垢な子にしか言っちゃダメっていうのは当たっているから、天使の見分け方を勉強しなくちゃ。

  • あふれる愛情の持ち主で、それを求める子供たちに愛を与えてあげられる
  • 助けを求めている人の声なき声が聞こえる
  • 感情感応力が強くて、涙をもらって、笑顔をあげられる

 リストはまだまだ続きそうだけど、恋愛映画も研究しなくちゃということで、今度はノートがどんどん名台詞の抜き書きでいっぱいになっていく。絶対にどこかで使ってみたいなあ、って、これはきみは聞かなかったことにしてくれよな。

「安心した、どうやら人間みたいだ。さっきまで、ひょっとすると、天使じゃないかって心配してたんだ」

「君が空から降りてきた時、ドキドキしたんだ。きっとステキなことが始まったんだって」

君の名は。』っていう人気アニメももちろんチェック済みで、そうか、二人は「偶然」東京の電車の中で再会するのか。つまり、東京で電車に乗って「偶然」を待てばいいんだな、って思いこんで、ずっと山手線に乗ってぐるぐる回っていたんだ、夢の中で、幾晩も。

待ちくたびれると、17歳向けのこんな現代詩を口ずさんだりもした。

舗石はときどき海よりも透きとおり

ひるがえりながらぼくはレールを跨いだ

見知らない停留所でぼくは電車を待った

うつくしい木枯らしが渦をまき

襟を立てたあなたとそこでわかれて

ぼくのさようならもひるがえし

あなたの燃える頬は襟かげにかくれ

ひとりぼくはひそやかな電車に乗った

それでもあなたにあえなかった

  五行目で二人は会っているような気もするんだけど、天使って、いると思えばいて、いないと思えないないものだから、なのかな。それに、かといって、逢いたいときに現れてはくれない天使的気まぐれの持ち主でもある。そういうことを言いたいのかな、天使ってくしゃみみたいなところがあるもんな。そう思いながらその現代詩を読んでいた。

 でも最終行の通りだった。天使らしき女の子にはちっとも会えなかったんだ。チッてやっぱり舌打ちしちゃうよ。夢の中なんだから、夢を叶えてくれてもかまわないじゃないか。神様はちょっと怠惰なんじゃないだろうか、まったく。

 とこうするうちに、電車がどこかの駅に着いた。降りなきゃ。まだ未練たらたらのぼくは降り際、何が詐欺師だ、って毒入りの呟きを洩らしちゃった。最高の恋愛アニメだっていうからプラグマティックなアプローチで真剣に見たんだぞ、とか。むしろそっちこそが…と言いかけたとき、気まぐれなタイミングで、鼻が急にむず痒くなって、…テン師だ、って言っちゃった。いつものようにハ行が抜けちゃったんだ。

 すると、背後の降車したドアの向こうで、誰かが振り返った感じがした。ぼくも振り向くと、可愛らしい女の子が不思議そうにこちらを見ていた。そうか、ひょっとしたら、ぼくは彼女の種族名を言い当ててしまったのかもしれない、と思いついたときには、電車のガラスの扉はもう閉まっていた。電車が無慈悲に動き始める。

 その時の映像をぼくはスローモーションのようにはっきり覚えていて、「二人の生存の間を、一枚の透明なガラスが、無限の速度をもって、とおりすぎるのを彼は感じた」と、昔の小説で言い換えてもいいんだけど、どうしても付け加えておきたいのは、振り返った彼女の肩に「透明で白」の翼があるのがはっきり見えたこと。あ、と小さな声が出て、今だ、ここで使わなくていつ使う、と思って、「君が空から降りてきた時、ドキドキし…」と言いかけたけど、その声はあっけなく電車の音にかき消されて、ぼくはぼくで、っくちゅん、鼻のむず痒さがとまらずに、まずい、次のくしゃみで夢から覚めてしまいそう、覚めたくない。

 っくちゅん。

 と夢から覚めて、その天使といつかまた偶然会うことを願いながら、いまこの最後の注意書きを書いているところだ。

「この短編小説は -ction であり、実在の人物や団体とは一切関係ありません」

天沢退二郎詩集 (現代詩文庫 第 1期11)

天沢退二郎詩集 (現代詩文庫 第 1期11)

 
暗い絵・顔の中の赤い月 (講談社文芸文庫)

暗い絵・顔の中の赤い月 (講談社文芸文庫)

 

顔が無言で呼びかけてくる

3月くらいのこと。39℃前後の熱に連日連夜侵されて、大きな病院へ行っても原因がわからず、それでも何かを書きつづけなければならない、というような状況に追い込まれたことがあった。20代までの生命と宣告された例の難病の再発ではないことは確認できたので、ほっと胸を撫でおろしたものの、あれは何だったのだろう、という疑問は消えない。

それで、まあこういうことは隠した方がいいとも考えて書かずにいたのだが、8/16の夜から、また心身の変調が兆してくるのを感じた。Fiction と現実の間にある複数のレイヤーをそれなりに巧みに操って駆けまわっていたつもりが、自分がいまどこの位相にいるのか、そこからどうやってどこへ行けば、異なるレイヤーに移れるのかがわからなくなったのだ。

昨晩もどこかおかしくて、それがただの偶然なのか、意味あるシンクロニシティなのか、意味があるとしてどんな意味なのか、何も整理できないまま情報の洪水に圧倒されて頭を抱えてしまう感じだった。真剣に自己診断を試みたが、心身の衰弱により知覚が上手く機能しなくなったのか、むしろ収拾がつかないほど知覚が鋭敏に進化してしまったのか、よくわからない。

今日もサリンジャーの伝記を読んでいて、彼が戦前の小洒落たキレものの作家時代に夢中だったウーナ・オニールの写真を見て、悲しすぎてちょっと耐えられない感じになって、しばらく茫然としてしまった。サリンジャー第二次世界大戦に出征後、精神がボロボロになって『ライ麦畑でつかまえて』を書くのに10年もかかってしまう。その10年間も、それ以後も、戦前に書いた Good Old Days の小説の国内再出版を拒否しつづけた。

 戦争が生んだ口語饒舌体では、自分はセリーヌの方を読み込んだ仏文学生だったので、サリンジャーに思い入れはほとんどない。それなのに、サリンジャーの昔の恋人(ノーベル賞作家の美貌の娘)の写真を見て、どうしてあんな風に精神の平衡が崩れたのか。

それは写真が顔写真だったからだと思う。

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豪奢で美しく勝ち気で血筋が良い。

そういった Fantastic creature に、若き日のサリンジャーが、どれほど喉から手が出るほどの強烈な憧憬を抱いたかを想像させる写真で、自分にはこの写真の裏に、数枚の写真が重なって貼りついているところまで見えた気がした。それはサリンジャーの部隊が強制収容所を解放した時の地を埋め尽くす数百体の死体の写真と、以後精神を病んだ「敗残兵」となって隠遁したのを隠し撮りされた庭仕事中のサリンジャーの写真。それらが重なって透かし見えた気になって、涙脆い自分は心が波立つのを抑えきれず、しばらく両手で顔を覆ってしまったのだ。

 そう、すべては顔にある。そんな気がする。

琴里はまじまじと目を瞠いている。その黒目の強い光に気圧(けお)されて、路彦の視線は揺らいだ。うつむいて女の華奢な下顎の線をなぞり、仄白く浮き上がった鎖骨を眺めるともなく眺める。それがいつのまにか、また彼女の顔を視野の真ん中に据えて、見つめ返していた。

 顔というのは何と魅惑的で精妙な器官だろう。無言であっても、顔を見つめるこちら側は、呼び止められたように視線を吸い寄せられてしまう。譬えるなら、一片の言葉が宙に跳ねる魚のように意識の上で把握されるのに対して、いま琴里の眉で、頬で、口元で、まなざしで、ばらばらに兆している或る表情の予感は、湖面の下を泳ぎまわる無数の魚影の暗いざわめきや不意の閃きのように、無意識のうちに人の目を奪うのだった。顔という一枚の皮膚にある名状しがたい深み。……

自分の小説の冒頭、急いで次々に情報を読者に手渡していくべき冒頭で、ここまで行数をとったのは、読者の集中力がしっかりあるうちに書いて、大事な伏線としてラストの恋愛場面で思い出してほしかったから。けれど、本当に大事なのは、「無言なのに顔を見つめるこちら側は、呼び止められたように視線を吸い寄せられてしまう」という部分だ。

「顔は無言で呼びかける」。

実はこれはレヴィナスという哲学者の有名な概念で、顔は特異な個別的存在で、他人の顔は絶対に自分と同化できない他者性そのもの。「顔」から物語を引き出した自分とは違って、レヴィナスは顔が「責任」を呼びかけていると説く。確かに「責任」は英語で responsibility。直訳すると「応答可能性」だ。無防備に露出された「顔」が「殺すな」と呼びかけているから、responsibility が発生しているという見立て。他者性を教える難解だが重要な哲学を残したレヴィナスと、その日本語への媒介者に感謝したい。詳しくはここにあるレヴィナスのインタビューを読んでほしい。

日本で「戦後」というと太平洋戦争を指すが、軍産複合体に支配されているアメリカは、第二次世界大戦後も朝鮮戦争ベトナム戦争湾岸戦争イラク戦争、と続いて、丁寧に全部換算すると、建国以後の歴史のうち93%もの期間、戦争しつづけているのだそうだ。

 「顔は無言で呼びかける」という言葉を聞いて、私が最初に思い浮かべるのは、「湾岸戦争幼児たち Gulf War Baby」。ショッキングな写真群だが、このような欠損を抱えてこの世に登場しなければならなくなった子供たちの顔をじっと見つめて、その顔が無言で何を訴えているのか、ぜひ見届けてほしい。サリンジャーのように、戦勝国にも無数の傷だらけの「敗残兵」がいるのだ。

gulf war baby - Google 検索

サバルタン(社会的従属集団)の声なき声をどう引き出すかを論じたスピヴァクの短い名著の射程は、おそらく上の湾岸戦争幼児だけでなく、このブログで語ってきた「死者」や「未生の未来世代」の声なき声に耳を傾けることの重要性までを捉えていると思う。 

サバルタンは語ることができるか (みすずライブラリー)

サバルタンは語ることができるか (みすずライブラリー)

 

 現代思想の話をすると、急に眠くなったような顔をする人が結構多い。その顔から「遠い国の小難しい話はやめてくれ」という声が聞こえたような気がする。OK。いまここの日本に話を移すと、Gulf War Baby ならぬ Gulf Disaster Baby がどこかに生息している、というちょっとショッキングな話になる。いまニュースで流れている「海の向こうで戦争がはじまる」話も大事だけれど、忘れてはいけない6年前の出来事もある。

湾岸戦争幼児たちが、あのような欠損を抱えた生を享けたのは、劣化ウラン弾のせいだと言われている。同じ劣化ウラン弾を使ったイラク戦争でも、帰還兵士の子供が同じ症状を持って生まれた。

3.11.東日本大震災の陰に隠れて、多くの人々が忘れてしまったようだが、同日震災の影響によって、東京湾劣化ウランが激しく燃え上がり、工場周辺の放射線測定値が急上昇した重大事故があった。 

追いかけているブログは、さほど多くない。さほど多くないのに、工作員を思わせる書き込みが「デマ認定」をしたがっている様子に、背景事情を推測したくなってしまう。

 タイミングが遅れても尚、事故の重要性を指摘するジャーナリストもいる。

「ジャーナリスト同盟」通信:市原・チッソの劣化ウランの行方<本澤二郎の「日本の風景」(1946) - livedoor Blog(ブログ)

 ネット上にいるフリーランスのジャーナリストや「覚醒民」たちが、主流メディアでは決して流れない情報を流通させ、いまだ目覚め切らない多くの人々を覚醒させていく草の根ジャーナリズムだけが、この国にわずかに残された希望のように思えて仕方ない。

佐々木中の著作の一部があまりにも感動的だったので、文脈を「書き残すこと」から「草の根ジャーナリズム」につなぎ変えて、引用したい。

ヴァルター・ベンヤミンが言っています。「夜のなかを歩みとおすときに助けになるものは、橋でも翼でもなくて友の足音だ」と。足音を聞いてしまったわけでしょう。て透けてもらってしまったわけでしょう。なら、誰の助けになるかもわからないし、もしかして誰にも聞こえないかもしれない。足音を立てることすら、拒まれてしまうかもしれない。それでも足音を響かせなくてはならないはずです。響かせようとしなくてはならないはずです。一歩でもいいから。

最も良質な草の根ジャーナリズムの中で、あなたに向けられている顔は、無言であなたに何を呼びかけているだろうか。 

写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-

写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-

 
フォトジャーナリスト13人の眼 (集英社新書)

フォトジャーナリスト13人の眼 (集英社新書)

 

 

 

(荒涼たる孤独な場所からの呼び声、といえばこの曲)

A desert road from Vegas to nowhere
some place better than where you're been
A coffee machine that needs some fixing
In a little cafe just around the bend

ヴェガスからの寂れた道を
行くあてもなく進んでいる
今までいたところより
少しでもましな場所を求めて
修理しないといけない
壊れたコーヒー・メーカーが
曲がり角の近くのカフェにある

 

I am calling you
Can't you hear me
I am calling you

きみを呼んでいる
聞こえるかい?
ひたすらきみのことを呼んでいる

 

A hot dry wind blows right through me
The baby's crying and I can't sleep
But we both know a change is coming
coming closer, sweet release

熱くて乾いた風が
身体の中を吹き抜けていく
赤ん坊が泣いている
眠れないけれど
お互いにわかっているはず
もうすぐ何かが変わると
すぐそこまでそれは来ている
甘い解放が

 

I am calling you
Can't you hear me
I am calling you

きみを呼んでいる
聞こえるかい?
ひたすらきみのことを呼んでいる

 

生者が祈るように、死者も祈ろうとする

アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮だ

このようにアドルノは、詩的なものがナチスなどに政治利用されやすい脆弱性を持っていることを告発している。では、ユダヤ人として強制労働所で働かされ、その野蛮

さに殺されかけた若い男が、生来の詩人だったなら、アウシュビッツ以後をどのように生きねばならなかっただろうか。

パウル・ツェランという詩人の生涯がその答えだ。

ドイツでは教科書にも掲載されているという「死のフーガ」は、最も人口に膾炙しているツェラン詩編だ。

あけがたの黒いミルク僕らはそれを夕方に飲む
僕らはそれを昼に朝に飲む僕らはそれを夜中に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
僕らは宙に掘るそこなら寝るのに狭くない
一人の男が家に住むその男は蛇どもをもてあそぶその男は書く
その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
彼はそう書くそして家の前に歩み出るすると星がまた星が輝いている
 彼は口笛を吹いて自分の犬どもを呼び寄せる
彼は口笛を吹いて自分のユダヤ人どもを呼び出す地面に墓を掘らせる
彼は僕らに命令する奏でろさあダンスの曲だ

あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を朝に昼に飲む僕らはお前を夕方に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
一人の男が家に住む蛇どもをもてあそぶその男は書く
その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート僕らは宙に墓を掘るそこなら寝るのに狭くない

男はどなるもっと深くシャベルを掘れこっちの奴らそっちの奴ら
  歌え伴奏しろ
男はベルトの拳銃をつかむそれを振りまわす男の眼は青い
もっと深くシャベルを入れろこっちの奴らそっちの奴らっもっと奏でろ
  ダンスの曲だ

あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を昼に朝に飲む僕らはお前を夕方に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
一人の男が家に住む君の金色の髪のマルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート男は蛇どもをもてあそぶ

彼はどなるもっと甘美に死を奏でろ死はドイツから来た名手
彼はどなるもっと暗鬱にヴァイオリンを奏でろそうしたらお前らは
  煙となって空に立ち昇る
そうしたらお前らは雲の中に墓を持てるそこなら寝るのに狭くない

あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を昼に飲む死はドイツから来た名手
僕らはお前を夕方に朝に飲む僕らは飲むそしてまた飲む
死はドイツから来た名手彼の眼は青い
彼は鉛の弾丸(たま)を君に命中させる彼は君に狙いたがわず命中させる
一人の男が家に住む君の金色の髪マルガレーテ
彼は自分の犬を僕らにけしかける彼は僕らに空中の墓を贈る
彼は蛇どもをもてあそぶそして夢想にふける死はドイツから来た名手
君の金色の髪マルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート

 一読、強制収容所の情景を彷彿とさせるこの詩は確かに名詩だが、自身の戦争体験を主題化して「告白」するだけでは、アドルノのいう野蛮さを克服できたとはいえない。

ツェランは妻以外の人々とほとんど交流を持たない「ほぼ絶対孤独」の中で、フランスのシュルレアリスムを自家薬籠中のものとして、煌めきと抑制の双方に満ちた抒情詩を書き残した。ツェランを出版社に売り込もうとした友人が紹介文で「過去半世紀のドイツ詩の中で最も重要」「(同じくユダヤ人の)カフカと対極にありながら、カフカと一対にまでなりうる抒情詩」と書いたのは、あながち間違いではなかったと思う。

「死のフーガ」で披露された技量よりも、詩人としての言語操作技術ははるかに上で、濾過されたシュルレアリスムの影響は、無限≒無限の新領土へと到達し、音韻上の連鎖をもやすやすと捕捉して、以下のような一行を書きつける。

いいついつ、そう、狂念…

漢字に直すと「言いつ何時、そう、狂念…」となるこの一行は、原詩ではほとんど完全に韻を踏んでいる。

Wahnwann, ja Wahn, ―

日本語で読んでもその詩的結晶度の高さを感じらるのは、例えば「眼球たち」のこの部分。

行きまどう眼の中に――読め、そこに、

太陽の、こころの軌跡、

ざわめき過ぎる美しい虚しさ。

死たちと、そこから生まれたすべてのもの。

埋葬されてここによこたわり、

この浄らの気のうちに、

奈落を縁どりつつただよう

種族たちの列

ことばの飛砂がうがちこめられた

すべての者たちの顔の文字――小さく永遠なるもの、

音節(シラブル)たち

ツェランの詩の中にあるのは、死者との語らい。この詩のように墓場が主題化されていようがいまいが、ツェランは想像的な墓地のそばで詩を紡いでいる。

切りとれ、あの祈る手を---〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話

切りとれ、あの祈る手を---〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話

 

 どこか唐突に文壇に出現したようにも見えたこの書物。印象的な書名はツェランの詩からの引用だ。セカンドベビーブーマーは、ニューアカ的な現代思想ブームには「遅れてきた青年」たちだったのだが、10年代に入って、ここまで哲学的な博識を披露できる俊英に会えるとは思わなかった。語り流しでここまで語れるのは素晴らしいと思う。

例えば、ある有名人の死に接したとき、人はしばしば「○○時代の終焉」という一語を語りがちだ。引退した新聞記者が、そのように書くのは安直だとどこかで語っていた。それが安直なのは多くの人々にわかるとしても、なぜ安直なのか、安直なのになぜ語ってしまうのかを語りうるのが、知的選良たる証しともいえる。

後者の問いに対して、「終わり」を語りたがるのが「説話論的磁場」というものなのだと軽く片づけた蓮実重彦(『物語批判序説』)と同じくらいのあっけなさで、前者の問いに対して、佐々木中はやすやすとこう語り流す。私の言葉で言い直せば「『文学の終わり』なんて言っている奴は、格好つけて「終わり」って言いたいだけで、文学を何も知らない奴ら。迷惑だ」といった反論。擁護者による感情論ではなく、実証的な根拠のある完膚なきまでの論破だ。端折りながら引用しよう。

(…)識字率の一斉調査がおこなわれるのは一八五〇年です。(…)十九世紀半ばと言えば、「ああ、偉大なる文学の日々」ということになりますよね。一八五〇年、ロシア帝国の文盲率はどれくらいだったか。九〇パーセント、です。例えばあなたに友達が一〇人いて、その中で一人しか自分の書いたものが読めない。そういう状況です。(…)では、この一八五〇年前後に誰が何を出版していたか。プーシキンが一八三六年に『大尉の娘』を出す。ゴーゴリが一八四二年に『死せる魂』を出す。ドストエフスキーが一八四六年にデビュー作『貧しき人々』を。トルストイが一八五二年に『幼年時代』を。ツルゲーネフが一八五二年に『猟人日記』を。無茶苦茶だ。何なんですかこの人たちは。茫然でしょう。(…)端的に九割以上読めないんですよ。ロシア語で文学をやったって無駄なんです。こんな破滅的な状況で、何故書くことができたのか。

はっきり言いますよ。(…)そもそも文学なんて終わりで、などという様悪(さも)しいことを一度でも公言したことがある人は、フョードル・ミハイロビッチドストエフスキーという聖なる名前を二度と口に出さないで頂きたい。不快です。

この周辺は、小説家は書籍産業の言葉ではなく、芸術の言葉で思考すべきだという言い換えも成立しそうだ。芸術に付きまとう孤独に耐えること、というか、単身で或るフォルムに作品をひとり表現することは孤独そのものであり、孤独こそが芸術の条件であるとも言えそう。この書物は数晩で語り流したものとは思えないほど濃密な情報が詰まっているので、またあらためて取り上げて考えてみたい。

文脈は文学から医学へ移る。

『切りとれ、あの祈る手を…』いう書名を見たときに、最初に脳裡に思い浮かんだのはラザロ徴候のことだった。ネット上に画像がないので、安易な臓器移植に警鐘を鳴らしているこの新書から引用する。

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脳死・臓器移植の本当の話 (PHP新書)

脳死・臓器移植の本当の話 (PHP新書)

 

 これは、臓器移植のためにドナーの心配維持装置を停止した直後の連続写真だ。A→Eの順番に見ていくと、心配を停止したはずのドナーが、胸の上で何とか祈ろうとして手を合わせているようにも見える。ラザロ徴候のラザロとは、キリストによって死後4日目に蘇らされた人物名に由来する。脳死者が、死者と生命が蘇る可能性のある存在の中間にいることを想像させる写真だ。

ドナーはこのあと臓器を「切り取られる」わけだが、慣例的に心肺停止装置の停止の場面に患者家族を立ち会わせないことになっているのには、ラザロ徴候を見た患者家族が精神的に動揺するのを避ける狙いがある。

さらにドナーからの臓器摘出時に、脳死判定に拠れば「死体」であるはずなのに、麻酔をかけるのも臓器移植時の慣例なのだという。それもそのはず。

看護婦たちは本当に心底動揺していますよ。[脳死患者に]メスを入れた途端、脈拍と血圧が上昇するんですから。そしてそのまま何もしなければ、患者は動き出し、のたうち回りはじめます。摘出手術どころじゃないんです。ですから、移植医は私たち麻酔医にきまってこう言います。ドナー患者に麻酔をかけてくれ、と。(Sunday Telegraph [2000.8.20])

 現役の医師の手によって書かれた小説にも、ドナー患者の麻酔をめぐる次のような一節がある。

貴島の方は麻酔科の医師が二人ついて全身麻酔をかけているが幹三の方には誰もいない。初めから意識がないのだから麻酔は不要だというわけである。確かに痛みを感じて訴える意識はなかった。理屈はその通りであったが、殿村は生身の身体に切りつけるような不気味さを感じた。

現役医師の手になる1968年の『ダブル・ハート』というこの小説が、誰のものかおわかりだろうか?

作家の名は渡辺淳一。『失楽園』ブームを巻き起こした自称「情痴小説」の第一人者だ。正式な作家デビューは1965年の『死化粧』で、翌年の芥川賞の候補作になった。

『死化粧』を読んでみると、確かに純文学系の作風で、カミュの『異邦人』のテイストに近かった。「 今朝ママンが死んだ」のが『異邦人』なら、「今日ママンの脳腫瘍摘出手術をしたが、摘出しきれずにママンは死んだ」というのが『死化粧』と言えるだろうか。実母の脳外科手術なのに、紗幕越しに現実を見ているような奇妙で無感動な疎隔感がある小説。

渡辺淳一の手術小説の系譜は、その3年後の『ダブル・ハート』を経て、勤務先の大学で、かの有名な和田心臓移植が行われたのを契機に、『小説・心臓移植』が誕生。それが今度は直木賞候補になったという歴史がある。

ここまでを調べていて、え、ダブル・ハート?と反応してしまい、慌てて小説をあたってみると、やはりそうか、そうだったか。和田心臓移植の直前に、渡辺淳一は「異所性重複心移植」を描いた小説を書いていたのだ。

実は偶然、私が書いた小説も「異所性重複心移植」の動物実験を扱った。自分の小説に説明させよう。

異所性重複心移植とは、ちょうど電池を並列でつなぐように、レシピエントの心臓にドナーの心臓を結合させて、不全化しているレシピエントの心臓機能を増強する移植手術である。追加の心臓は同所の胸腔ではなく、異所の腹腔か頸部に植え付けられる。心筋生検をカテーテルで行えるという長所はあるものの、世界で年間1、2例しか臨床応用のない珍しい心移植であり、手術時間の長い難手術の部類に入る。

『ダブル・ハート』を読み始めて気がかりだったのは、現役医師と比べると、自分の手術場面の描写が大きく見劣りするのではないかという不安。 

『ダブル・ハート』から。

殿村は軽く目を閉じた。殿村にはわからない別の力が殿村にメスを持たせた。直ぐメスは生きているように幹三の左胸部に近づき、皮膚に当てられると第五と第六肋骨の間を斜上に腋の下へ向かって走っていった殿村のメスも津野のメスも走っていく方向は同じである。切開線が腋窩の殿村は手を止めた。

「心臓の二つある犬」から。

そう叱りつけながら、教授はよく動く手袋の白い指尖を、早くも無名の犬の腹部の上に辷らせている。4と5の間だ、と数を言って路彦に確認を促したのは、指尖で数えた肋骨番号のことで、その二つの間が切開場所になるのである。

 教授は路彦の補助を待たずに、自分で電気メスを取り上げた。メスの刃先をわずかに刺入させて滑らせ、トマトの薄皮を切るように、表皮だけを巧みに切開する。 

 『ダブル・ハート』から。シャワー・シーンを書きたくなる気持ちはよくわかる。

汚れた思いを捨て去るように、殿村は風呂へ入った。ゴム手袋に覆われていた掌と指をごしごしと力を入れてこすった。力を入れれば入れる程、黒い影は一層身体の中へ滲み込んでいくようだった。

 「心臓の二つある犬」から。

 水が来る。水が降ってくる。水滴のいくつかが路彦の頬をはらはらと叩く。水から身体を離すと、落下する無数の水滴がつかのまの垂直の波線を描いて、明るんだ目の前の空間を満たしているのがわかる。そのせせらぐ破線の束の中へ身を差し出して、彼は自分を労わるように裸の胸をさすり、腕を撫で、ゴム手袋に締め上げられていた指尖をほぐした。

それにしても、何という偶然だろう。異所性重複心移植なんて、心臓移植の中でもほとんど臨床応用が期待できないマイナーな手術方式なのに、それを描いた小説が偶然二つ生まれた。しかも、この偶然には続きがあって、私が兎ロゴで有名な月刊プレイボーイ誌で連載を読んだ『鈍感力』には、部分的に宛先があったという噂も、かなりの重みを伴いつつ耳にしている。この周辺のシンクロニシティの嵐は、Stray Rabbit という名前で小説にしようと以前から考えていた。

さらには、つい一昨日誰かの旅先 destination となった「金沢」という地名の意味を、自分の運命 destiny と絡めて語ったことがあったのを想起した今朝、『鈍感力』の作者の文学館が札幌にあることを知り、その出資者と設計者の名を見て、名状しがたい揺らぎやまない謎に襲われた心地がして、両手を顔で覆ってしまった。

札幌の渡辺淳一文学館の出資者は大王製紙井川高雄、設計者は安藤忠雄。偶然にも、ここで語った「無人美術館」と同じ顔触れだ。

それとも、自分がシンクロニシティに対して敏感になりすぎているだけで、これらはすべてがただの偶然なのだろうか。

ただ、このような謎めいた壁に直面するとき、自分がしばしばブランショの小説を思い浮かべるのは事実だ。佐々木中も上記の著書でブランショが過小評価されていると声高に述べていたが、ブランショの小説はとらえどころがないように見えて、ヤスパースの哲学につなぐと、その存在理由がきわめて明瞭に見えてくる種類のものだ。

ヤスパースが限界状況と呼ぶのは、争いや苦悩や罪責や死など。逃れようとしても逃れられないものばかりで、しかも限界状況の渦中で人は必ず挫折する。その不可避的な挫折が、自らの有限性を悟らせると同時に、限界状況に現出している超越者の暗号に気付かせる。そして、人はその暗号を解いていくことで、超越者とつながった真の実存へと至ることができる。

試みに要約したこのヤスパース哲学のエスキスのうち、超越者からの「暗号」という概念が、何よりもブランショの小説に似ているというのが私見。

それは、「暗号」に唯一解がなく、決定不可能性そのものであるということにとどまらず、ブランショがそこここに巧みに偶然性を貼りつかせているからだ。死、忘却、期待、運命などのブランショ一流の鍵語を、あらゆる体系的思考を揺るがす偶然性で裏打ちしているのである。だから、というか、そもそもの最初から、ブランショは答えではない。問いでもなく、やはりあらゆるものでありうるように見える「暗号」なのだ。

ではその暗号をどうやって解読すべきなのか。

 この局面に至ると、ヤスパースの哲学は 神秘主義無神論という違いはあるものの、投企とアンガージュマンの哲学者サルトルに接近してくる。サルトルのいう自由とは、ほとんど決定不能に近いほど選択肢が無数にあること。そして、そのほぼ決定不可能性から逃れられないことをも意味している。彼の云うように「人間は自由の刑に処せられている」のである。それでも、自らを未来にある何ごとかに投げ込んで、絶えず自己を更新し生成していくこと。それがサルトルによる「暗号」解読の模範解答だ。

自分はサルトルよりはるかに神学寄りな位相で思考している。例えば、小林秀雄による「他の職業の誰でもあり得たのに、今この自己であるのは驚くべきこと」などは、偶然性の強度が低すぎて床屋向けの哲学談義でしかないように感じられる。人生の分岐点は職業選択だけでなく無数にあり、一つの分岐で選択したのちも、そこにあった選ばなかった選択肢が、決定不能なのになぜか他に決定した過去の選択可能性の亡霊として、人生に何度も回帰してくるものだ。

座標軸で数値化されていると私たちが思い込んでいる時間や空間だって、目盛り通りではないことが、もはや明らかだ。時間については、ベルグソンの「持続」。空間については、量子力学。一般的な時空観を転覆させているのが、ここでもやはり「偶然性」であることは、いくら強調してもしすぎることはないだろう。時間や空間が伸縮したり折り畳まれたりしうるのなら、私たちが死者と共存した時空を生きていることだってありうる。世界観の基盤を「死者と生者が入り交じった偶然性に満ちた混沌」に置き、「死者の声」「悼み」「祈り」を私が鍵言葉にしているのには、このような哲学的背景がある。

そして、超越者からの「暗号」解読の手がかりは、ユングも十分に果たさなかったシンクロニシティの解読にかかっているのにちがいないとだけ書いて、この記事を唐突にここで終わらせることにする。

この判断にもきっと、謎めいた何らかの偶然が作用しているのにちがいない。

 

 

(80年代後半のパーティ・ソング。アコースティックの方が歌詞がソウルフルに聞こえる)

Tommy used to work on the docks
Union's been on strike
He's down on his luck, it's tough, so tough
Gina works the diner all day
Working for her man, she brings home her pay
For love, for love

むかしトミーは波止場で働いていた
組合がずっとストライキをしていて
つきに見放されてどん底だった
つらかった キツかった

ジーナは一日中食堂で働いて
男のために 給料を持ち帰った 愛のために

She says we've got to hold on to what we've got
Cause it doesn't make a difference
If we make it or not
We've got each other and that's a lot
For love - we'll give it a shot

彼女はこう言う
今あるものを しっかり握りしめていましょう
うまく行っても行かなくてもどっちでもいいんだから
私たちにはお互いがいるから 愛にはそれで充分
やってみましょう
Whooah, we're half way there
Livin' on a prayer
Take my hand and we'll make it, I swear
Livin' on a prayer

私たちはまだ道の半ばにいる
祈りながら生きていきましょう
私の手を取って 私たちならきっとうまく行くから
祈りながら生きていきましょう

川べりに誕生した「棄民文学」

どこかでブラッド・ピットの話をした。自分史の中で印象に残っているのは、まだ彼がスターダムにのし上がる前、29歳の頃の映画。実年齢よりずっと若く見えるブラピが、責任感の強い実直な兄とは対照的に、軽薄で危なっかしいが憎めない良い奴で、小さなことで足を踏み外して早逝する弟を好演していた。

兄弟が共有していた記憶が、幼い頃から故郷の川で二人でやっていたフライ・フィッシング。高度なテクニックを駆使して、釣竿を巧みに振りながら、釣り糸の先の餌を水上を飛ぶ蝿(fly)に見せかけて釣る釣法だ。折りたたみ椅子に座ったまま地蔵のように動かない一般的な釣りに比べて、故郷の川の美しさを存分に収めた「引き」の画面で、川面をスイングする釣り糸が光に煌めきながら揺れやまないさまは、フィルモジェニックだった。映像美だけでなく、兄弟が子供の頃から操ってきた光る糸の揺れやまなさが、子供時代から感じやすい思春期を経て、大人へとさしかかる若い男の未熟さと危うさと共振しているところに、この映画の魅力はあったように記憶する。

釣りを題材にした純文学小説で、真っ先に挙がるのは丸山健二の『夏の流れ』ではないだろうか。弱冠23歳で芥川賞を射止めたこの小説は、まず文章の質の見事さに読者を唸らせてくれる。

夏の流れ (講談社文芸文庫)

夏の流れ (講談社文芸文庫)

 

「奴ら、人間じゃないんだ」と私が付け足した。「形は人の形をしとるけどな。どんな優秀な機械にしたって数多くつくるうちにゃ必ず不良品を出すだろう。その不良品はどうする? 捨てるよりほかないんだ。人間だってこんなに多くいれば同じことさ。不良品をそのまま使うわけにはいかないんだ」

 中川は何かを言おうとして口を開きかけ、すぐ閉じた。

「こんな話よそう」

 私は少し喋りすぎたと思い、照れ隠しに言った。

「とにかく、明日は俺がやるよ」と堀部。

「もう少し釣ろう」

「ああ」

「あのー」と中川が言った。

「もう言うな」と堀部が止めた。

 日が暮れるまで三人で数十匹釣った。大型のは腹を裂き、指を突っ込んで腸を出して、流れで洗ってからえらに笹を突き通した。

選考委員の三島由紀夫は、このハードボイルドな文体をこう評している。

しかし二十三才という作者の年齢を考えると、あんまり落着きすぎ、節度がありすぎ、若々しい過剰なイヤらしいものが少なすぎるのが気にならないではない。そして一面、悪い意味の「してやったり」という若気も出ている。

相変わらず、くっきり見えているなという印象を受ける。ちなみに、ハードボイルドというと、バーでドライマティーニの杯を重ねるタフガイといったイメージを持つ人もいるが、ハードボイルドの文体が読者に感じさせる或る種の酷薄さの印象は、主人公や登場人物の内面に一切耳を傾けず、外形的な情報処理のみで小説を進行させるところに由来する。つまり、酷薄なのは作者であり、ここで作者の伝記的事実を導き入れれば、若さがありつつ、かつ、対峙した登場人物に残酷な仕打ちができるのは、この小説を書いていた前後の丸山健二が、ボクシングをやっていたからに他ならない。

上記引用部分でも、かなり強烈なハードパンチが撃ち込まれている。釣りをして「大型のは腹を裂き、指を突っ込んで腸を出して、流れで洗ってからえらに笹を突き通した」三人の職業は、死刑執行官であり、彼らが川魚にしたのと似た殺害行為を、彼らは日常的に遂行しているのである。

ラストの抑制された叙情も見事に決まっている。

妻は水平線の遠くを走る、白い漁船の群を見ていた。

「子供たちが大きくなって、俺の職業知ったらどう思うかな?」

「どうして? あなた今までそんな事言ったことないわ」

「そうか」と私は言った。「ただ、思ってみただけだ」

 漁船の群が一斉に汽笛を鳴らした。驚いた海鳥が波間から飛び立ち、旋回しながら高く空に吸い込まれた。

 妻が大声で子供を呼んだ。子供たちは足を砂だらけにして走ってきた。

 純文学で釣りを描くなら、この『夏の流れ』の結晶度の高さが、一つのメルクマールになるはず。最新の芥川賞が、釣りの描写が上手いという噂を小耳にはさんだので、選評も含めて午前中に読んでみたが、大先輩とのマッチアップはなかなか厳しそうだ。

選評の中で目を引いたのは、吉田修一による絶賛だった。それもそのはず。受賞作の『影裏』は、吉田修一の若書きの習作だと言われると、思わず頷いてしまうような共通性の高い小説だ。

自分は最近、とうとう自発的に「漱石=ネコ」主義に屈服したので、もはや擁護できないものは何もニャイような気がしている。かつて「関係妄想」により、自分を「悪人」だと思い込んでいた時期もあった誼で、吉田サンガ推シタイノナラ、オ付キ合イサセテイタダキマス、とでも呟いて、文庫本の解説に近い方向で、その可能性の中心を論じてみたい。 

影裏 第157回芥川賞受賞

影裏 第157回芥川賞受賞

 

 『影裏』を読んだ評者のうち、釣りの場面の drawing が上手く書けていると云う人もいれば、全般的にそうでないと云う人もいる。けれど、小説に精通した読者が考えさせられるのは、withdraw という言葉の意味についてかもしれない。「引く」という意味を持つその英単語は、withdrawn という過去分詞になると「引っ込み思案」を意味する。

 『影裏』は、岩手に移り住んだ「わたし」という男性が、その地の「日浅」という男性と魅かれ合っていた日々を描き出した小説だ。その秘められた恋を読ませるために、初読者にはわかりにくい箇所に、作者は76個もの傍点をふっている。

しかし、どうしてこうも「わたし」は恋人に対して引っ込み思案なのか。「わたし」の恋人へのまなざしはあまりにも抑制されていて、なぜ彼のことを好きなのか、どういうところが好きなのかを、さっぱり伝えてくれない。

本当に好きなら、恋人のちょっとした言動や仕草や癖にも目が行って、それを解釈する心の動きが、恋を恋と語らないまま、読者に同じ恋心を追体験させるはずだ。本当に好きなら、最終場面で元父に不自然すぎる問わず語りをさせるのではなく、自分の恋心が聞き知った断片的な情報を元父にぶつけて、恋人の真の人生を引き出そうとするだろう。しかし、主人公はそのようなあるべき恋物語からは身を引いて、まなざしを逸らしつづける。

その逸らしたまなざしが、代わりに生き生きと捉えるのが、倒木と酒と魚卵だ。

注意深い読者なら、川べりにある倒木は、LGBTとして崩壊や転落の淵にいる二人の生の困難を象徴しており、それとは反対に、酒と魚卵は二人の愛を象徴していることに気付かずにはいられないだろう。主人公と恋人の愛が好調なら酒は飲まれ、不調なら酒は飲まれない。酒の肴である魚卵入りの鮎も、同じくアルコールの酔いと同期した恋の酔いに随伴している。

その恋人が災害死もしくは失踪した後、ようやく主人公は恋人の捜索願を出すよう彼の父のもとを訪ねる。そこで、主人公にはどうしてだかその父が、非アルコール的な「喫茶店のマスター」のように見えてしまうことに注意しなければならない。

恋人と父の間にあったらしき父子間の性的虐待や、それを覆い隠すためだろう学歴詐称による偽装勘当工作?や、生き延びて震災泥棒をしているという恋人の裏の顔の暴露?のギミックの成否は、実はこの小説ではさほど重要ではない。それらの当否がいずれであっても、そのような「風変わりな先輩を慕う後輩小説」は、これまで数多く書かれてきた。

重要なのは、なぜか妙に愛されるその恋人を、主人公も元父も失ってしまったことが確かであり、そこでは珈琲はあっても揮発するアルコールと恋の酔いが永遠に失われ、主人公が再び釣りに行く川辺からも魚卵入りの魚をアテに酌み交わす恋人が永遠に失われたことである。

恋人を失ったあと、川で思いがけず虹鱒を釣り上げてしまった主人公は、誰かが放流したのか、上流に養殖施設があるのかどうかを訝る。

自分の足で確かめてみようと思い直して、釣り竿をわたしは畳み、蜉蝣が無数に水面を上下している生出川沿いを上流に向かって歩き始めた。 

 主人公が恋人とともに食べた魚卵入りの鮎は、「無精卵」だった。恋人が学歴詐称を口実に父に勘当され、戸籍を抹消される経緯には、生殖はおろか戸籍からも峻拒される主人公を含めたLGBTの実存上の苦悩が反映されていると読むべきだろう。では、引っ込み思案な主人公と恋人の交流は、何も生み出さなかったのだろうか?

小説がこの問いに短く「否」と答えているのが聞こえるだろうか。「有精卵」を生み出しているやも知れぬ上流の施設へ、それまでの引っ込み思案が嘘のように、主人公が「自分の足で確かめてみよう」と能動的に歩き出す最後の一文には、この小説を小説らしく終わらせるに足る見事さがあると思う。

最終場面で、川岸を上流へ歩いていく主人公の姿は、私たちに「引き」の画を想像するよう仕向けるだろう。上流へ向かうにつれて、未整備の倒木がいくつも行く手を遮るかもしれない。「引き」の画の中で、この主人公の「無精卵」を中心に起きつつ、視野に入ってくる事物に思いを致すとき、部分的に放射能汚染された東北地方、耕作放棄地や管理放棄林だらけの国土、LGBTの戸籍上の排除、ブラックな非正規労働者の絶望、どこまで歩いても崩壊の淵にいる感覚、などが、ひとり性的マイノリティだけのものではないことに、私たちは気づかされるだろう。

かつて小泉竹中路線以降の非正規労働者の実態を描いた小説を、柄谷行人は「ネオプロレタリア文学」と名付けた。この異様な風景を見る読者は、新たな「棄民文学」の誕生を目撃しているのかもしれない。川べりを上流へ遡行しながら、主人公が裏声で「棄民が代」を歌っているような気がしてならない。

 バシュラールは一連の著作で、火、空、水、土の四元素に対して、人間がどのような想像力を発揮してきたかを明らかにした。ここでバシュラールが強調したのは、人間が主体的に四元素それぞれについて想像したのではなく、四元素それぞれが物質的想像力を内包していて、人間が物質に触れることで想像力が花ひらいたという考え。宮崎駿が空(風)に触発される芸術家であることは、よく知られている。

自分の場合は、「水」で川のように蛇行しつつも一方向へ流れるのではなく、地表の七割が海、人体も同じくらい水で組成されているので、水の循環をイメージして文章に取り込むことが多い。

きっと心臓が魂だというのは俗説だろう。天上から降りてきた魂は、心臓に化身してはいない。地上の生命の内側で、心臓に吸い上げられては送り出され、刻々に新しくなる水の流れこそが魂なのだ。路彦はいつしかそう確信するようになった。水の流れが魂であるなら、人が死んだのちも魂が死なないというのも筋道が通る。火葬されて蒸発した魂は、空の高みでふたたび水に返って、雨となり雪となる。雨や雪の降りしきる音に、時として語り交わされる未知の言葉が交じっているように聞こえるのは、そのせいなのだろう。魂が水溶性だとすれば、恋人たちが舌を差し入れ合って口づけを交わすのも、互いに相手の水を味わって魂に触れるためなのかもしれない。

お、と、階下から、「川」について歌うギターの弾き語りが聞こえてきた。いま自分がタイプしていたのは、

...lived alone except for a nameless cat.

(名もない猫をのぞいて、独りで暮らしていた)  

ヘップバーンの弾き語りに登場するムーン・リバーは、自らの歩んでいく「夢の道」を指している。それは追い求める夢の道なので、「あなた」と二人称で呼ぶほど親密で、まるで一緒に夢を追いかけていく人生の相棒のようだ。 

ムーン・リバー」の弾き語りが終わった。

え? ヘップバーンに可愛らしい顔でこう訊かれてしまった。

何しているの

さしあたり、こう応えておいた。

書いている

未知の水脈をめぐる饒舌

 地政学から時政学へ。

そんな書名のついたポール・ヴィリリオの思想に、その昔ずいぶん惹きつけられていた。ヴィリリオによる「権力は速度を支配するもの手にある」という小気味よい断言は、テクノロジーの進歩と権力の「共犯関係」を暴いた新たな地平を切り拓いていた。

速度と政治―地政学から時政学へ (平凡社ライブラリー (400))

速度と政治―地政学から時政学へ (平凡社ライブラリー (400))

 

 実際に、自分も小説のこの部分を書いたとき、何とかこの一節がヴィリリオ的にならないかと悩んだ記憶がある。

車中に路彦の声が響いている。兜虫(ビートル)はフオルクスワーゲン製で… 造ったのは反ユダヤ主義者のフォードに心酔していたアドルフ… あのヒトラー?… そう… ヒトラーが「国民車(フォルクスワーゲン)」を提唱して、ポルシェ博士に作らせた… 国民から大々的に前払いを募って… あまりにも独裁者らしい姦計… 預り金のすべてを軍用ジープの製造に流用した…騙された国民は?… 時代は秘密警察(ゲシュタポ)のうようよいるナチス政権下だ… 直後、第二次世界大戦のドイツ軍による侵攻…真新しいジープの群れが隣国との国境を走り越えていった…

ヒトラーの詐欺に加担したフォルクスワーゲン社は、戦後の60年代くらいまでずっと訴訟を抱えていたらしいよ。戦時中に強制労働させた強制収容所の労働者や捕虜には、今世紀に入っても補償を続けている。まったく not so long ago な話さ」

ドイツの自動車の歴史を調べていて、世界一有名な制限速度なしの高速道路「アウトバーン」の起工式に鍬入れしたのは、ヒトラーだということを知ったのだった。尤も、そのアウトバーン自体は先行して起案した人物がいたのを、ヒトラーが横取りして、獄中で密かに構想を温めていた「総裁の道路」とナチス的宣伝をかけたのが真相らしいが。

ヴィリリオの用語の中で、いま最も輝いているのは「内植民地化」だろうか。自国を統治するのに、植民地に対する管理手法を用いること。私が「対米自立型保守」を顕揚するとき見えづらくなりがちな死角で、一部の仏文系好事家の独占物であるかのように扱われてきたヴィリリオが、依然として輝いていることが嬉しい。事態はアメリカの「植民地」の日本だけで起こっているのではない。偽旗作戦だった9.11世界同時多発テロ直後から、愛国者法などによって超大国アメリカ国内でも進行した民主主義や自由のなし崩し的な破壊を、ヴィリリオの「内植民地化」という鍵言葉以上に、早い時期から卓抜に言い当てていた思想家を、私は知らない。

しかし、(もともとは一種の軍事情報設備だった)インターネットの革新性が、私たちの知覚や風景を変容させていくさまを論じた『瞬間の君臨』あたりから、ヴィリリオの失速を感じた記憶がある。ネットによって様々な事物が「瞬時化」されてしまえば、速度の観点からは、それ以上の思想的発展は考えにくいからだ。

あるいは、ソーカル事件によって猖獗をきわめた「現代思想叩き」が、ヴィリリオらしい「速度学」の次の進展について、彼に標的になりかねない大々的な表明を噤ませたところも、多少はあったのかもしれない。

普通に考えて、「零度の速度学」の次に来るのは、(掛け合わせてもマイナスにしかならない)「虚数の速度」だろう。起点と終点を持つ速度ベクトルが「零」になってしまえば、それは事物がそこに生起することの始まりと終わりが消える。起源と身元を喪失した存在は「匿名化」され、その匿名化の汎用化による掛け合わせが、私たちの「生活世界」をどんどんマイナスしていく。事物の存在が匿名化されたばかりに、9.11的なマッチポンプまがいの偽旗作戦による戦争や自国内制圧が発生する一方、同じく「虚数の速度」に依拠したウィキリークスなどの告発メディアが、まだ i の掛け合わせによってマイナス化されていない存在を賦活していく。

こういったことは、すでにヴィリリオが主張しているのかもしれず、あるいは、同じような主張が、ソーカル事件以降「不倫の愛」とされる現代思想と数学との婚姻を伴わない形で言い換えられているのかもしれず、あるいは、すべてがかつての愛読者の imaginary な架空の思いつきにすぎないのかもしれない。 

シミュラークルとシミュレーション (叢書・ウニベルシタス)

シミュラークルとシミュレーション (叢書・ウニベルシタス)

 

 現代思想の本にコンスタントに目を通すようにしてきたせいで、思想本に最低限の基本的な理解を施すだけでなく、この思想は次にこのように発展しそうだ、とか、この思想家のAという概念は別の思想家のBという概念と同じだな、とか、或る程度は自分の頭で考えられるようになった。

といっても、それは将棋の素人が駒の動かし方と定跡をあらかた覚えて、プロの次の一手が時々当たるようになった、という程度の話にすぎない。

 例えば、一昨晩に言及した『複製技術時代の芸術』で、ベンヤミンアウラ喪失を悼んだのとは反対方向に、アウラ喪失後の社会の諸相を描き出したボードリヤールを準備したことくらいなら、その棋譜を自分も読める。

 しかし、最近の濫読や再読の中で、これにはまったく歯が立たないと感じて、自分の頭の悪さに絶望的な気分になったことがあった。以下、長いが引用する。

<真理の言葉>を使わずに<機能の言葉>の集塊で全体性を想像する作法は不安を呼びがちです。第一に、<真理の言葉>が唯一性(ソレしかないという性質)をもたらすのに、<機能の言葉>は偶発性ないし代替可能性(機能的等価なら何でもいいという性質)をもたらすからです。 第二に、<機能の言葉>の集塊が全体性を示すという根拠がないからです。

 再帰的近代では全体(選択できないもの)を部分(選択されたもの)に対応づけるアイロニー(ハシゴ外し)の作動が常態です。全体性を暗黙の前提(書かれざる囲い)とした視座(観察)は、暗黙の前提への視座(観察の観察)へと可能性を開きます。どんな観察も二次的視座(二次的観察)へと開かれます。永遠のハシゴ外しです。(…)

 このことを主題化した議論が1970年のハーバーマスルーマン論争(でのルーマンの議論)です。議論のルーツは「不可能性としての全体性」(不可能性としてのギリシャ)を主題化した初期ロマン派です。ちなみに「不可能性としての」が脱落すると後期ロマン派になります。この論争以降、批判理論は強力にバージョンアップします。

 例えばノルベルト・ボルツ(…)が推奨するのは「距離化総体からの距離化」です。直前の距離化を相対化するのでなく、距離化総体を観照する。目的は、「自在のデタッチメント」に代えて「コミットメントへの自由」(批判する自由)を推奨するためです。

 むろん「ハシゴ外しの忘却」ではなく「ハシゴ外しへの免疫化」によって「コミットメントへの自由」を擁護しようとするのです。相対化の無限背信ゲームがあろうがなかろうが、我々は「承認(ホネット)」の可能性を「信頼(ローティ)」して「全体性を志向する批判」(ハーバーマス) の駒を前に進めることができます。如何にしてでしょうか。

「意味地平を切り開く」(ホネット)という言い方にヴァルター・ベンヤミンの残響を聞き取れることがヒントです。ベンヤミンは諸々の「シンボル」に近代の制度的コスモロジーに貢献する「社会的=主観的」体験加工を見つつ、「砕け散った瓦礫」たちが一瞬の星座を形作る瞬間に「アレゴリー」を見出し、近代の牢獄を脱する通路として擁護しました。

 アレゴリーは寓意や寓話などと訳されますが、「<世界>は確かにそう なっている」という納得を与える瞬間です。寓意と言うと道徳的教訓話と思われがちですが、「<世界>は確かにそうなっている」との納得が事後にもたらす学びに注目した結果に過ぎません。シンボルは「事前決定的=規約的」ですが、アレゴリーは「事後決定的=非規約的」です。

 ベンヤミンは「砕け散った瓦礫の中を」という言葉で、過去から現在にわたって散らばる瓦礫たちが、束の間の関係を取り結んで生者の間に屍体として蘇り、予想せざる全体性が示唆される瞬間(確かに世界はそうなっている)に、身を晒せと推奨します。現実には我々は根拠もなくそのような瞬間があり得ることを先取りして日々前に進んでいます。

フレーム問題として知られるように、「事前決定的=規約的」に見えるシンボルを用いた指示でさえも、現実のコミュニケーション過程で指示内容を確定するには、無限の文脈を参照せねばなりません。その意味でわれわれのコミュニケーションは、アレゴリーによって曖昧に参照することしかできない瓦藤の海(全体性)に浮かぶ、いわばイカダなのです。
<真実の言葉>ではなく機能の言葉>の集塊が全体性を示唆する、と僕が言う際には、初期ロマン派を踏まえた批判理論第一世代(テオドール・アドルノベンヤミン)の顚倒を狙った第二世代(ハーバーマス)の顚倒を狙った第三世代(ホネット)以降今日に連なる議論、すなわちいま一度初期ロマン派へと立ち戻る議論を、踏まえていることになります。 

 ……。

文章は高速だがきわめて明晰なので、論理的つながりを丁寧に把握していけば、社会学専攻の大学生くらいなら、誰でも読めるのではないだろうか。ただ(盟友ショーレムも「あれはベンヤミン自身にしかわからない」と洩らしたらしいものの)、ベンヤミンの大作『パサージュ論』の迷宮のような訳の分からなさに呻吟した身としては、断章だらけのアレのどこを読めば、「機能主義的立場へのあえてするコミットメント」の根拠へつながる理路が見えるのか、不思議でならない。

数手先までしか読めない素人棋士が、50手ほど先の盤面をいきなり示されて、目を白黒させてしまう感じと言えばよいだろうか。このような思想的教養の縦横無尽の駆使を、先頃プロ棋士にも勝利し始めたAI(人工知能)に譬えるのは、失礼というものだ。AIにはこのような創造的な仕事はできない。

柄谷行人が使ったのとは別の意味で普及しつつある「シンギュラリティ」(技術的特異点)と、その偉業を名付けたくなる。シンギュラリティとは、いつか到来すると言われているAIのネットワークが人類を凌駕する日のこと。他の人間の誰もが束になってかかっても決して敵わないような凄味が、近年の宮台真司の著作にはある。

 さて、そもそもベンヤミン社会学よりも文学に親和的な思想家のはず。一介のベンヤミン好きとしてではあるが、自分の答案を書かなければならない。

 ベンヤミンの多様性は明らかに特定の立場への還元を拒んでいるが、初期の論考に注目すると、いくつかの手がかりがつかめないわけではない。

それは、ベンヤミンの「遡行癖」、言うなれば「逆ねじ性」だ。

たとえば「物語作者」の中で、ベンヤミンは口承の語り手が聞き手に物語Aを語り、その聞き手1が次の聞き手2に物語A’を語るとき、普通誰しも考えるように、物語Aをその局面での原型とは考えない。そこで物語A'の原型となっているのは、聞き手1が語り手から聞いた物語Aの「記憶」である。当然その記憶は、少なくとも細部においては忘却を伴っていることだろう。このような記憶と忘却が、個人に属するものではなく、共同体に属するものとしているところに、注意が必要だ。

プルーストの「無意志的記憶」についても、ボードレールの詩の叙情性についてもそうだが、ベンヤミン的な発想の基盤にあるのは、「失われた全体性」「忘れられた全体性」への遡行の欲望なのである。ほとんどの思想家たちが先人の思想の批判的継承を行ってきたことを思えば、ベンヤミンのねじだけが逆回転に刻まれているように読める。同じ電動スクリュードライバーを当てると、他の思想家のねじが勢いよく木材へ食い込んでいくのに対し、彼のねじだけがねじ穴から浮き上がってくるのである。ベンヤミンの唯一の完成された書物が『ドイツ悲劇の根源』と名付けられているのは、偶然ではない。

 では、先行する哲学に連ならない非アカデミックな方向へ遡行して、ベンヤミンが逢着しようとしているのは、どのような位相なのか。 

カバラとその象徴的表現 (叢書・ウニベルシタス 169)

カバラとその象徴的表現 (叢書・ウニベルシタス 169)

 

  それは盟友ショーレムカバラ神秘主義に近いところ。シュタイナーの人智学と淵源を共にしているところに、ベンヤミンの意外なアクチュアリティを求めたいというのが、その選択が成功するかどうかを知らない自分の選好だ。

wikipediaベンヤミンのシュタイナー嫌いの挿話が記述されているが、それが一種の近親憎悪でない保証はないし、逆ベクトルのシュタイナーによるベンヤミン評がうまく的を射ているのも確かだ。

ベンヤミンブレヒトに準拠して叙事的なものと概念化した中断の形姿の中でのみ唯一、孤立した人間は伝統への結びつきを維持しえ、そして唯一、中断という同様の法則に則って集団は叙事的なものの新しい形態をとって、伝統との連帯を、その生産的な生き残りという意味で獲得するのを希望できる。

http://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20170815001356.pdf?id=ART0009842275

 ここでいう「伝統への結びつき」とは、シュタイナーにおいては、自然や人間や事物のすべての存在に神が宿っているとした汎神論的「霊学」に、ベンヤミンにおいては、人間の言語と自然の事物それぞれが持つ言語が交響しあう「魔術的共同性」に、遡行的につながっている。

ベンヤミンに導かれて、いつのまにかロマン派から系譜を手繰ってドイツ神秘主義を長々と呼び寄せてしまったが、ここはドイツではなく日本。

シュタイナーの影響を受けたカール・グスタフユングを媒介にして考えれば、民族的共同性の深層へ分け入って近代の孤独の溶融を図ろうとした三島由紀夫(隠れユンギアン)と、現代の孤独な個人が心の奥に掘り下げられている井戸の深みで(他者や前近代的民俗と)つながっていることを主題にする村上春樹(公認カワイアン)が、かなり強い連関で繋留されているのがわかるだろうか。

おそらく、そこに日本の文芸批評が探しあてるべき未知の水脈がある。

 

(imaginaryでないものが賭けられているせいで消せない真夏の i といえば、この曲)

涙があふれる 悲しい季節は
誰かに抱かれた夢を見る
泣きたい気持ちは言葉に出来ない
今夜も冷たい雨が降る
こらえきれなくて ため息ばかり
今もこの胸に 夏は巡る

 

*四六時中も好きと言って
夢の中へ連れて行って
忘れられない Heart & Soul
声にならない
砂に書いた名前消して
波はどこへ帰るのか
通り過ぎ行く Love & Roll
愛をそのままに

 

こんな夜は涙見せずに
また逢えると言って欲しい
忘れられない Heart & Soul
涙の果実よ

「反戦」入りのボトルシップ

どこかで見かけた「公知の事実」という言い回しの発祥は、神戸の甲子園周辺にあったのかもしれない。

17歳の自分が、どこか大江健三郎の『セヴンティーン』の主人公に似た境遇にあったことは、この記事に書いた。 

 その続編の「政治少年死す」は、右翼に恫喝をかけられて出版中止に。著作権の処理がどうなっているのかわからないが、鹿砦社の或る出版物に採録されていたので、どうしても読みたくて購入した。フーコーの生政治ならぬ「性ー政治」に没入していった中期の大江健三郎の凄まじさを顕揚する文芸批評が、いまだ生まれていないのは残念だとしか言いようがない。

加藤典洋が「大江健三郎の『水死』は大傑作なのに文芸批評での言及が少ない」という意味のことを書いていて、まさにその通りだと感じた。ただそこで数え上げられている『水死』評リストに、古谷利裕の名前がないのは意外だった。当然カウントされるべき精緻な読みだと思うが、いかがだろうか。初出は「早稲田文学」だったと思う。

話を戻すと、鹿砦社のキワモノ的キナ臭さが漂うその本には、阪神タイガース絡みの「自殺偽装殺人事件」も掲載されており、それが裁判沙汰となり、鹿砦社は一時存続も危ぶまれたが、主力月刊誌の「紙の爆弾」を最終的な生命線にして、何とか継続。言論の自由を支持している身としては、現在の同社が、反原発からアイドルまで、多様な出版物を発行するまでに回復しているのを好ましく感じる。

キナ臭さがきわまって硝煙の臭いにまで高まった戦後最高の「紙の爆弾」とは、何になるのだろう。そんなことを今晩考えていた。個人的には最高の知性の丁々発止が見られる『闘争のエチカ』が、思い出の戦闘的書物だ。鞄に入れて持ち歩き、大学の授業を聞き流しながら、何度も読み返したものだ。

闘争のエチカ (河出文庫―BUNGEI Collection)

闘争のエチカ (河出文庫―BUNGEI Collection)

 

 個人を離れて、この共同体最大の「紙の爆弾」とは何だったのかを考えると、それは総力戦研究所が出した第一期~第九期の情況レポートになるだろう。

この記事で三島由紀夫の日本回帰小説『絹と明察』に、「聖戦哲学研究所」が登場することを指摘し、その「聖戦哲学」が、名こそ挙がらぬものの保田與重郎の思想を表していることを突き止めた。 

それは看過すべからざる人文思想上の戦争だったとはいえ、戦争とは武力にとどまらない国力あげての「総力戦」であるとのパラダイムが浸透しつつあった戦前、視線を注がなければならないのは実在した「総力戦研究所」の方だ。

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)

 

 フィリピンのマニラ捕虜収容所に、大岡昇平中内功山本七平(と私の祖父)がいたことは、この記事に書いた。

そのうちの山本七平は、戦後になると『空気の研究』に代表される日本特殊論や、敗戦国が学ぶべき「失敗学」などの著作を書き残した。失敗学の大家である一方、経営理論として「イノベーション」や「ナレッジマネジメント」などの経営鍵概念を確立した野中郁次郎書物にも、「総力戦研究所」が登場する。

失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇

失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇

 

 総力戦研究所の初代所長となった飯村穣は、戦前からロシア語やフランス語に長けた大使館付きの軍人だった。欧米で台頭しつつある「総力戦」のパラダイムに逸早く追随する開明性があり、同じく欧米に精通した桜沢如一マクロビオティック創始者)の支持者でもあった。

昭和16年の春、飯村穣は反戦論者の顔も持つ桜沢如一に頼んで、陸軍系団体主催の集会で「日米の国力の差は歴然としているので回線は回避すべし」との講演を実現している。

 そして、彼が初代所長を務めた総力戦研究所の最終決算が、先ほど言及した第一期~第九期の情況レポートだ。各期の「情況」とは、日米開戦のシミュレーションの各局面を指している。

第九期の日本のレポートは、ほとんど「紙の爆弾」的な破壊力で、普通に考えればどうやったってこう負けるという敗戦状況を描き出している。それが実際の敗戦に似ていないと感じる人は皆無だろう。敗けるべくして私たちは敗けたのだ。

 中国大陸での戦線がドロ沼化しているなかで、米英と戦端を開き、そのうえソ連参戦が迫っている。

 「ソ連参戦」を座して待つか、もはや石油備蓄も底をついた。佐々木は両手をあげた。思わずギブ・アップのポーズをとり、教官にたしなめられた。 

 30代の若手官僚を中心に組閣された総力戦研究所の模擬内閣は、開戦4か月前の昭和16年夏、日米戦日本必敗の結論を出していた。それなのに、どうして東條内閣が開戦に踏み切ったのかは、多くの書物が取り組んできた難問だ。

ここでは一つだけ、そのキーポイントを確認するにとどめよう。それは商用船が沈没させられる度合いの見積もりの差にあった。

総力戦研究所:年間120万トン消耗

政府推定:年間80~100万トン消耗

昭和17年の実記録:年間89万トン消耗

昭和18年の実記録:年間167万トン消耗

昭和19年の実記録:年間369万トン消耗(全滅)

 資源戦争を勝ち抜くために、南方へ進出した日本は、首尾よく占領したスマトラ島の油田の石油を、兵站上のシーレーン確保の失敗によって、ほとんど本土へ送ることができなかった。タンカーも商船も失った日本は、追いつめられて南方の島の浜辺から、ゴムの袋に石油をつめて海へ流したのだという。

 太平洋戦争の話を調べていると、「B29を竹槍で突き落とす」かのような、ほとんど信じられない荒唐無稽な話が次々に出てくる。

お盆休みの今日は、遠戚のお婆さまに、戦時中の話を伺っていた。女学生だったのに学徒動員されて、大阪の陸軍工廠へ送られ、彼女はそこでやはり「紙の爆弾」を作っていたのだという。

お婆さまが作っていたのは「風船爆弾」。和紙を貼り合わせた巨大な気球で、最後の仕上げ工程では、30人くらいが「北半球」と「南半球」を一緒に持って、声を掛け合ってくっつけたのだそうだ。接着剤は蒟蒻で作った糊だった。 

いろいろと悲惨な思い出があるかと思いきや、聞き出せたのは、「陸軍の施設だったから、黍(きび)交じりではあったものの、白米が食べられて嬉しかった」というような話。それだけ食糧難と飢餓の恐怖が強かったということだろうか。

大阪へ動員される前にも苦労があったそうだ。彼女の父が戦前に小売ビジネスで成功して買い上げた老朽化した小学校を、自宅には広すぎたので戦争で家を失った人に住まわせてあげていたところ、建物の規模や出入り人数のせいで工場だと誤解されて、そこだけが狙い撃ちで空襲されて、塀しか残らなかったのだという。

そんな話を実際に聞くことのできる機会は、もうこれが最後かもしれない。

宴席が開けて、温泉に浸かっているあいだ、季語のないこんな句が思い浮かんだ。

風船爆弾つくりし祖母が飼うインコ 

  あてどなく飛んでいく風船に青春をかけた戦時中。そして、戦後の平和の中で籠にインコを飼えるほどの生活は送れるようになったが、籠に閉じ込められて同じ言葉を鸚鵡返しに繰り返すインコが、自分の少女時代のように見える。そんな叙情が読み取れるとしたらお慰み。

ボトルシップ250cc(CUTTY SARK)

ボトルシップ250cc(CUTTY SARK)

船といえば、子供の頃、ボトルシップにどうやって帆船の模型を入れたのか、不思議でならなかった。帆船がすべっていくだろう穏やかな海を思い浮かべたい。先祖の霊が帰ってくるというお盆休みに書いた今晩の記事を、かつて南方の島々から祖国へ流した石油入りのゴム袋のように、そっと海に流そうと思う。

「It's my pleasure.」の直訳は「それが私の喜びです」となる。誰かに届くさまを思い浮かべると喜びを感じる。誰かに届くといい。このささやかな「反戦」入りのボトルシップが。

 

(好きな反戦歌。作詞:谷川俊太郎 作曲:武満徹

1.
死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

2.
死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

3.
死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった

4.
死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった

5.
死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない

6.
死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来るあした
他には何も残っていない
他には何も残っていない